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8月の伊豆急電車。
その海側の席に、泰彦は涼香と向かい合って座っていた。
*
夏休みに入ってすぐ、泰彦宛に1通の封書が届いた。
自分の部屋に持っていって開けると、可愛らしい柄の一筆箋が出てきた。
そこには、整った字で次のように書かれていた。
『暑中お見舞、申し上げます。
元気にしてる?
8月8日、9時に国府津駅に来てください。
それと、この日は1日あけておいてください。
待っています』
(やった!また涼香ちゃんと会える。それも、涼香ちゃんから誘ってくれた‼)
そして、約束の日の朝、天にも昇る気持ちで国府津駅に向かった。
涼香はもう来ていて、泰彦を認めると、その顔にぱぁっと笑みが広がり、
「さ、行こう!」
と、すぐさま切符を渡してきた。
(ゴールデンウイークの時みたいに、ホームのベンチでお話ができるぞ!)
はやる気持ちを必死に抑えながら、自動改札を抜ける。
ところが、この日の涼香は、ホームに出るや足を止め、
「ちょうど来た!」
と、入ってきた下り電車を指差した。ホームの端のベンチまで行く気配がない。
「えっ?もしかして、これに乗るの?」
「うん、そうだよ。あっ、ごめん。言ってなかったっけ」
慌てて切符を見ると、『1450円区間』という文字が印字されていた。
「えーっ、マジで?」
「うん、マジ。さ、乗るよ!」
涼香は事もなげに言って泰彦の手を取り、電車に乗り込んだ。
あっという間の出来事に、泰彦は呆気に取られたままクロスシートに向かい合って座った。
そして、熱海駅で乗り換え、今、伊豆急行の電車のシートに座っているのだった。
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