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車窓を流れるのは、伊豆独特のリアス式の海岸。
その向こうには、力強い太陽の光を受け、眩しいぐらいの大海原。
国府津駅を出たばかりの頃は驚きに支配されていた泰彦も、涼香との2人旅というシチュエーションに、熱海で乗り換える頃にはすっかりテンションが上がっていた。
「食べよ!」
涼香が、タッパと麦茶を出して、テーブルに置く。
タッパの蓋を開けると、玉子たっぷりのサンドイッチと、鶏の唐揚げが出てきた。
「うわぁ、すっげぇー……」
「でしょ?」
「これ、全部涼香ちゃんが作ったの?」
「そうだよ。朝5時に起きて作ったの。すごいでしょ?」
得意げに泰彦を見る。
「うん。すっごい美味そう!」
「でしょ。お腹空いたよね。食べよう!」
さっそくサンドイッチを一切れずつ摘まむ。
濃厚な玉子とマヨネーズのコクが、いっぱいに広がる。
次いで、唐揚げ。カリカリ感とジューシーさ。
「おいしーい‼」
「でしょでしょ」
目の前で涼香が満足げに微笑む。
(やっぱり、手作りって美味しいんだ……)
涼香の顔を見ながら、ちょっと泣きそうになっていた。
お母さんがいなくなって、4年が経つ。
その間、食事はいつも弁当やレンチンの物ばかりだったから。
(涼香姉さん……)
海を眺めながらゆっくりサンドイッチを食べる涼香の優しい横顔に、包まれるような安心感が広がる。
同時に、時々チラッと見える舌先、口に入りそうになる髪を指先で除ける仕草に、胸がドキドキする。
涼香の胸に飛び込んで甘えたいような、やり場のない衝動が走る。
生まれて初めての感覚。
なぜこんなふうになるのか、自分でも分からないまま、その衝動を必死にこらえた。代わりに、
「涼香姉さん」
今度は小さく声が出ていた。
「……?」
その言葉が聞こえなかったのか、涼香は小首を傾げて泰彦を見てから、
「あっ、唐揚げ1個余分にあるから、泰彦くんにあげる。男の子は食べなきゃね」
と、箸で泰彦の前に渡してくれた。
「ありがとう」
声がかすれる。と、車内放送が、間もなく、伊豆高原駅に到着することを告げた。
「さぁ、もうすぐ目的地!」
明るい声で涼香が言った。
「やっぱり、伊豆高原だったんだ……」
泰彦が続く。
実は、「連れていきたい所があるの」と言うだけで、行き先を教えてくれなかったのだ。
「伊豆高原でしょ?」
と訊いても、涼香は「さて、どうでしょう」といたずらっぽい笑みを浮かべるだけ。
でも、切符に書かれた運賃から、4年生の泰彦にも何となく予想がついていた。
伊豆高原駅で降りた後の行き先にも。
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