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駅を出て、山の方へと坂を登っていく。
10分ほど歩いた所で、
「ここ」
と涼香が指差したのは、果たして、絵画教室と看板が出ているお洒落な建物だった。
「こっちに来て」
涼香がさらに手招きしたのは、隣の建物の方。そこでは、絵画展が開かれていた。
中に入る。
順路に沿って、風景画、静物画、自画像など、多くの絵が掲げられている。
ゆっくり移動しながら、それらを眺める人々。
たくさん人がいるのに、静寂が漂う不思議な空間は、泰彦にとって初めての体験だ。
「すっげー」
「シーッ」
思わず声を上げる泰彦に、人差し指で制する涼香。
順路の最後の方に来たところで、耳元にささやくように、
「泰彦くん」
と言って、一枚の水彩画を指し示した。
(えっ、これ……)
それを見た泰彦は、驚きのあまり言葉が出ない。
『みかんの花咲く丘』
というタイトルが付されたその絵は、最後に母さんと裏山から眺めた景色そのものだったのだ。
「ほら、こっちも」
涼香が、隣の絵を指差す。
同じタッチの水彩画。
「えーっ、これ、この間涼香ちゃんと喋った駅のホームからの……」
「……そう」
泰彦の傍に寄り添うようにして、涼香が頷く。タイトルは、
『みかんの花咲く町の駅で』
となっていた。
「涼香ちゃんのお母さんが描いたの?」
涼香の横顔に訊くと、彼女は首を振って、タイトルの下の文字を指差し、
「ここを読んでみて」
と言った。そこには、アルファベットで
『MEGUMI OZAWA』
と書かれていた。
「メグミオザワ……」
一音ずつ小さな声を出して読んだ泰彦は、続けて
「おざわめぐみ!」
今度は大きな声が出てしまう。
涼香はあえて制することはせず、大きく頷いて見せた。
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