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「母さんは、具合が悪くて入院したんだ。しばらく帰ってこられないからな」  学校から帰ったばかりの泰彦は、父からいきなり言われた。  それ以上の事は教えてくれなかったが、そう言えば、前夜の母はどこかおかしかった。  泰彦が布団に入ると、急に母がやって来て泰彦を抱き締め、 「泰彦は男の子だし、芯の強い子だから、将来、もし一人になっても生きていけるよね?」  なんでそんなことを訊くのだろう、と思ったけれど、それよりも、母の期待に応えたい気持ちで、 「うん」  と明るく返事をしてみせた。  それを見て、母は優しい微笑を浮かべながら泰彦の頭を2,3度撫で、父のいるリビングへ戻っていった。  後で知るに、母はその頃、精神を病んでいて、かなり参っていたようだった。  怒ったりはしないが、無口で、そのくせ細かいことにまで口を出し、いつも機嫌が良くない父。  母は、いつもそんな父の機嫌を窺っているふうだった。  父が仕事から帰ると、会話はほとんど無かった。  幼少の泰彦は、それが普通の家庭だと思っていた……。          *  母がいなくなって、父と二人の生活。  夕食は、父が買って来るスーパーの残り物の弁当。それを、テレビの音声だけが流れるダイニングで、黙々と食べる。  あとは、シャワーを浴びて、ゲームをするうちに寝落ちてしまう。 「寝るなら布団に行って寝ろ」  不機嫌そうな父の声で、一日が終わる。  そんな毎日だった。  気づくと、音楽に癒しを求めるようになっていた。  裏山にもよく登った。  そこで、母を思い浮べながら『みかんの花咲く丘』を歌ったり。  加えて、登校時に聞くフルートの音色。  三拍子のワルツは、軽快な春のリズム。  それが聞けるのは、朝だけだと思っていた。  ところが、放課後に友達と校庭でドッジボールをし、帰りが遅くなったある日。洋館の近くまで来ると、フルートが聞こえてきたのだ。 (どんな人が吹いてるんだろう……)  未だ見たことのないフルートの主への興味が、大きく膨らんでいく。  夕焼け空の下の、ピンク色の洋館が、その気持ちに拍車をかけた。  興味は、いつしか憧れへと変わっていった。  けど、フルートの人の姿を見る機会はないまま、学年だけが上がっていく。  父との生活は相変わらず。  癒しは、音楽の授業。それに、登校時と、たまの下校時に聞くフルートの調べ。  状況が動いたのは、四年生になって間もなくの、ゴールデンウイークの休日の朝だった。
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