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後に付いていくと、彼女は国府津駅の券売機で切符を2枚買い、1枚を泰彦に半ば強引に手渡して、
「さ、入ろ!」
と、自動改札を通ってしまった。
呆気に取られながら切符を見ると、『入場券』とあった。
「早くおいでよ」
向こうで彼女が振り返り、手招きしている。
わけがわからないままに、泰彦も改札から中に入り、彼女の元に駆け寄ると、
「これから、私のお気に入りの場所に参りまーす」
と歩き出した。
付いていくと、長いホームの端まで来て、
「ほら、見て」
そう言って指差す。その方向には、広大な太平洋が広がっていた。
泰彦にとっては、初めて見る景色だった。
電車にはほとんど乗らないし、乗っても、改札近く。こんな絶景ポイントがホームにあるなんて、知らなかった。
「座ろ」
彼女はそう言って、背もたれの無い長いベンチに座った。
泰彦が隣に座ると、彼女が真っ直ぐ遠くを指差し、
「ほら、あそこに島が見えるでしょ?」
「うん」
「何ていう島か、知ってる?」
「……知らない」
「伊豆大島」
「へぇ、あれが伊豆大島かぁ……」
そこに島が見えることも伊豆大島という名前も知っていたが、二つが結びついたのは、今が初めてだった。
彼女が続ける。
「それから、右の方にうっすら見える大きな半島が……」
「伊豆半島!」
負けじと答えると、彼女は驚いたように、
「あっ、知ってるんだ。大島の方が分かる人、多いのに」
「うん。母さんがいつも言ってたから」
「そうなの?」
「うん。あの山の上から、眺めを見ながら」
そう言って、背後の小高い山を指差した時、ちょうど下り電車が轟音を立てて入って来た。
停車してドアが開き、すぐに発車メロディーが流れ出す。
「あっ、これ!」
聞き覚えのある旋律に、泰彦は思わず声を上げた。と、隣で彼女が、
「思い出の道、丘の道……」
ソプラノボイスでなぞった。
(きれいな声……)
年上の少女への憧れが、また溢れかける。
続きを聞きたかったが、
「ドアが閉まります。ご注意ください」
というアナウンスが流れ、メロディーは終わってしまった。
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