10.マイタケはサラダにしても美味しいですよ。

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10.マイタケはサラダにしても美味しいですよ。

 城下町まで来ると、私のお腹がグゥとなってしまった。  街中に充満する美味しそうな食べ物の匂いが罪深いのだ。  その音を合図に、すぐ近くの店に入った。  テーブルマナーなど気にしなくて良いような割とわしゃわしゃした店だ。  お昼時を少し過ぎたせいか人がまばらだ。 (この店⋯⋯カレーの匂いがする)  店の雰囲気とは裏腹に、ユンケルは椅子を引いて私を座らせた。 (紳士ね⋯⋯)  ユンケルが王室の近衛騎士団の白い制服を着ているせいか、周囲の人の注目が集まるのが分かった。  ここにくる客は素朴な格好から察するに平民が多そうだ。  紙に書かれたメニューを見て絶句する。  発する言葉が通じていたから気にも止めていなかったが字が読めない。 (どうしよう⋯⋯早くナタリアとして過ごした記憶を取り戻さないと) 「このシェフのおすすめカレーで」 「私も同じもので⋯⋯」  ユンケルが注文したのと同時に、私は字が読めない事をバレないように同じものを頼んだ。  そして、どうやらこの世界でもカレーが存在するらしい。 「今度は、もっと良い店に連れて行かせてください」  向かいの席に座っているユンケルが身を乗り出して、私の耳元で囁く。  そのくすぐったい誘いに私は首をふった。 「ご馳走して頂いた事にはお礼を言わせてください。それでも、私とコスコ卿が会うのはこれで最後です」  私の言葉に明らかにコスコ卿が戸惑っているのが分かる。  おそらく彼は私を見張っているように言われた命令を無視してまでキノコ狩りに付き合ってくれていた。  それでも、私は攻略対象である彼と一緒にいる気はない。  もうすぐ、このゲームの主人公ラリカが現れてゲーム本編が本格的に始まる。そこにナタリアの存在はない。  きっと、ここで私が自ら姿を消すのが正解で、そうでなければ強制的に存在を消されてしまいそうだ。 (攻略対象と関わるのは危険だわ)  ダン!  その時、私の目の前のテーブルを叩く手が見えた。  ユンケルの褐色の手とは違う、真っ白な手だ。 「ナタリア、君が店に入って行くのが見えた⋯⋯その男は何だ?」  怒りが混じった声で語りかけてきたその声の主は、エステルの弟であるサントス・ロピアンだ。    彼は『トゥルーエンディング』の攻略キャラの中のツンデレ年下枠の子だ。 確か、18歳のラリカより2歳年下の16歳だった。 「サントス様⋯⋯彼は近衛騎士団長のユンケル・コスコ卿です」 「なんで、サントス様などと他人行儀な呼び方をするんだ? その男がいるからか?」  なぜだかサントスは益々怒っている。 (沸点の低い姉弟だこと⋯⋯)    その時、目の前に注文していたシェフのおすすめカレーが来た。  マイタケらしきキノコが入っているという事は、このシェフはキノコの知識があるのかもしれない。  私は小さく手を合わせて、カレーをスプーンで掬って口に入れた。  正直、人と会話もままならないくらいお腹が空いている。 「美味しい! マイタケの肉厚な食感がうまく残せていますね。トマトのグルタミン酸とマイタケのグアニアル酸のマリアージュによって、深いコクが生まれてますわ」  私がカレーの感想を言うと、なぜだか目の前にいる2人の男は私を驚いたような顔で見つめていた。 「ナタリア様がそこまでおっしゃるなら、余程美味しいのでしょうね⋯⋯もしかして、このキノコはマイタケというのですか?」  ユンケルの問いかけに私が微笑みながらうなづくと、彼はそっとカレーを掬って口に入れた。 「如何ですか? マイタケは美味しいですか? 美味しいだけでなく、マイタケに多く含まれるビタミンにより代謝も良くなり、まるで疲れが取れるような感じがしませんか?」 「ふふっ、このカレーはとても美味しいですよ」  ユンケルと私の間に穏やかな空気が生まれ、一瞬、サントスの存在を忘れ掛けた。 「俺がいるのに、なんで2人で話しているんだよ。来い! ナタリア」  私はカレーを食べている途中なのに、サントスに立たせられて店の外にまで出された。  手首を強く掴まれてて、とても痛い。 「やめてください。まだ、食べている途中です」  私はサントスの掴んでいる手を振り払おうとするが、なかなか振り払えない。  私はそのまま路地裏まで連れてかれて、壁に追い詰められた。 「そんなに美味かったのか⋯⋯じゃあ、味見させろよ」  私の顔にサントスの顔が近付いてくる。 (こんなシーンあった⋯⋯ラリカとサントスの仲が深まってからのイチャイチャシーン)  キスされそうになった寸前の所で私は顔を逸らしながら考えた。  サントスは素っ気ない人嫌いな性格をしていて、打ち解ける度にラリカだけに甘えてくるのが醍醐味だった。  (でも、ナタリアにも⋯⋯他の女の子にも⋯⋯こんな事していたんだ)  彼に対する言いようのない嫌悪感が込み上げて来て、それが表情に出てしまっていたのだろう。  サントスが訝しげに私を見つめてくる。 「な、何だよ。さっきのユンケルとかいう男に心変わりしたのかよ⋯⋯」  私はサントスが戸惑って手首を掴む力を緩めた隙に、彼の拘束から抜け出して店に戻ろうとした。 「ナタリア様! ここにいた! 大丈夫ですか?」  心配そうな表情で店を出てきたユンケルを見て、私は自分がマイタケカレーを食べ損ねた事を知り泣きたくなった。 「大丈夫です。もう少し、このまま⋯⋯」  ユンケルの胸元に顔を埋めて、泣きそうな顔を元の表情に整える。  彼が遠慮がちに私の髪を撫でてくれているのが分かった。 「もう、大丈夫です。家に戻ります。ちなみに、マイタケはサラダにしても美味しいですよ。食物繊維も豊富なので、整腸効果が望めます」  私が笑顔を作って、ユンケルの顔を見つめると彼も困ったような笑顔を返してくれた。  再び馬に乗ってロピアン侯爵邸を目指す。  馬のスピードから察するに、サントスよりも先に侯爵邸に到着しそうだ。  彼に出会さないように家に着いたら、すぐに部屋にこもってしまおうと思った。        
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