15人が本棚に入れています
本棚に追加
14.ナタリアは聖女です。(ダニエル視点)
舞踏会会場に戻ると皆が僕を一斉に見た。
隣に一緒にいたエステルがいない事を不思議がっている。
「殿下、お誕生日おめでとうございます」
カイラード・ロピアン侯爵がそっと僕に近づいて祝いの言葉を伝えてきた。
「侯爵、エステルは体調がすぐれないようで先に休ませた」
「このような祝いの日に娘がご迷惑お掛けしました。殿下を支えていく覚悟が足りない愚かな娘です」
「いや⋯⋯」
エステルは僕を皇帝にする為に、裏で散々働いてくれた。
彼女の強かさやプライドの高さは皇族として生きるには必要だ。
僕が隣に置きたい女はナタリアだが、彼女にはエステルのような強さがない。
ただ、美しい花として僕を癒す女だ。
尋常じゃないエステルに密室で押し倒された恐怖がまだ残っている。
力では男の僕が上なのに、あの時のエステルの行動は予想を超えていて危険を感じた。
不意にロピアン侯爵の小鼻がピクピクと動いた。
僕の匂いを嗅いで、顔を顰めている。
（くそっ！ あの悪臭の香水の匂いが、まだ染み付いてるのか⋯⋯）
「侯爵、失礼する⋯⋯」
僕は自分にまとわりつく匂いを散らす為、中庭に出た。
中庭に出ると舞踏会の会場から漏れる音楽でサントスと踊るナタリアが見えた。
この庭でマテリオと駆け落ちの計画を立てていたのに、今は他の男と寄り添い踊っている。
ふと、僕の姿に気が付いたナタリアと目が合うが、サントスは夢見心地で僕に気がつきもしない。
曲が途切れだところで、僕はナタリアに近づいた。
「先程は気を遣わせてしまったな。お詫びに何か君のお願いを聞きたいのだが」
僕はナタリアが僕に望むことがあるのかを聞いてみたかった。
「私が殿下に望むことなどございませんわ⋯⋯でも、願わくば本日19歳になられたオスカー皇子殿下にお祝いをさせてください」
まさかの要求に僕は彼女の優しさを知った。
「オスカーも喜ぶよ。ついてきてくれ」
ふと、サントスからの視線を感じたが無視した。いくら彼がオスカーの毒中毒の真相を知っていても、何も言う事はできないだろう。
ナタリアをオスカーの寝室に案内する。何故かサントスもついてきたのが邪魔だった。
ナタリアは意識不明のオスカーをみると跪いた。
「意識がないと解毒剤を作っても飲ませるのは危険だわ、窒息する⋯⋯」
彼女がぶつぶつ呟く独り言は予想外だった。見た目だけが取り柄の彼女が解毒剤など作れる訳がない。そもそも、なぜオスカーを目覚めさせたいのか。
（まさか、オスカーの毒殺未遂の犯人に気がついてるんじゃ）
「ラリカさえ見つかれば⋯⋯」
確かに彼女はそう呟いて、オスカーにそっと触れた。
その途端、彼女の掌から目が眩むような強い光が発する。
（これは、聖女の力？ ラリカとはなんだ？）
ナタリア自身も自分が聖女の力を使えるとは思ってなかったようで驚いた顔をしている。
そして、ゆっくりと目を開けたオスカーを見て僕は絶望した。
「オスカー、目覚めたんだな本当に良かった」
僕はオスカーに余計な事を言わせまいと大袈裟に喜びながら抱きついた。
「ダニエル⋯⋯それにお前はエステル嬢の弟⋯⋯」
目の前に美しいナタリアがいるのに、サントスを睨みつけるオスカーは確実にエステルに毒を盛られたと気が付いている。
（何か取引をして黙らせないと⋯⋯）
僕が考えあぐねてると、オスカーは不適な笑みで僕を見た。
その時、突然扉が開いて近衛騎士団長のユンケルが現れた。
「ダニエル皇子殿下、大変です。エステル様が⋯⋯」
「ダニエル、お前の婚約者は俺以外にも大変な事をしてるのか？」
オスカーの一言に口止めする必要性を感じだが僕はエステルの元に急いだ。
いつも落ち着いている様子のユンケルが、焦ったように僕を呼びに来たのだからよっぽどだ。
エステルのいる部屋の扉を開けて見た光景は信じられないものだった。
服をはだけさせた彼女が、騎士たちをベッドに連れ込み絡んでいる。
明らかに騎士たちが淫らに誘惑してくる彼女に困惑しているのがわかった。
部屋にはあの臭い香水の匂いが充満していた。
僕が現れたというのに気がつかない程、エステルは尋常ではない状態だった。
婚約者であるエステルの失態は僕のマイナスになる。
部屋の扉を開け放ってしまっていた事に気がつき扉を閉めようとすると、そこにはナタリアがいた。
扇子で口元を隠しているが、明らかに彼女が現状を楽しんでいるように見える。
まるで、先日見せ物にされそうになった復讐をエステルにしているようだ。
扉が閉められないよう邪魔するように彼女は立っていた。
扉の前には気がつけば人が集まり出していた。
もう、この異常事態が噂になっていたのか、人混みをかき分けてカイラード・ロピアン侯爵が現れた。
「何事だ。なっ、これは！ どけっ」
部屋の中のエステルの痴態を見るなり、彼はナタリアをつきとばす。
すると、いつからいたのかサントスが突き飛ばされたナタリアを支え叫んだ。
「父上！ ナタリアは聖女です。突き飛ばすなど無礼ですよ。オスカー皇子殿下も先ほど彼女が目覚めさせたのです」
周囲が「聖女」と言う言葉を聞いてどよめきだす。
聖女とは身分制度の外にいる存在だ。たとえ、皇帝でも聖女を雑に扱う事はできない。
それにしても、恋とは本当に愚かで盲目なものだ。
今、エステルの失態が広まれば、ロピアン侯爵家の名声にも関わるのにサントスの瞳にはナタリアしか映っていない。
ナタリアは男を狂わす才能があるのだろう。
マテリオも彼女の為に全てを捨てようとしていた。
「娼婦の娘が聖女な訳があるか！」
吐き捨てるように発せられたカイラード・ロピアン侯爵の言葉にナタリアが微笑んだ。
「あちらで一心不乱に腰を振ってる娘さんの方が、余程娼婦の娘のようですよ」
僕はナタリアを従順で大人しい見た目だけが取り柄の女だと思っていた。
しかし、口元を扇子で隠しながら皮肉を言う彼女は淫らなエステルより貴族らしく見えた。
最初のコメントを投稿しよう！