18.毒を盛られるなんて⋯⋯。(ダニエル視点)

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18.毒を盛られるなんて⋯⋯。(ダニエル視点)

 オスカーは起き上がれるまで回復したようで、既に執務室で仕事をしていた。彼が毒によって意識不明になり1週間以上経つのに、彼の机には多くの決済書類が積み上がっている。  僕に相談に来ることもなく、彼を支持する貴族たちは彼が戻ってくるのを待っていたということだ。  「オスカー、本当に不運だったな。毒を盛られるなんて⋯⋯」  「ダニエル、私に毒を盛ったのはエステル・ロピアンだ。実は彼女が毒入りの菓子を僕に寄越した事には気がついていた」  オスカーはやはり侮れない。  しかし、彼に毒を盛る提案を僕がした事には気がついてなさそうだ。 「毒が入っていると分かっていて食べたのか?」 「調べではネス草の毒を仕込んだと事前に聞いてたからね。私はその毒には耐性があるから、寝込んでも2日くらいかと思った。目覚めたら毒殺未遂を起こしたことでエステル・ロピアンを断罪してやろうと考えていたんだけどな」    エステルもやはり賢い女だった。    おそらくあらゆる毒の免疫をオスカーが持っている事を知っている彼女は毒をブレンドし流通しない新種の毒を作って使ったのだろう。  それらの事はロピアン侯爵家の財力があれば秘密裏に行うことが十分可能だ。  貞節を重んじる気高い彼女が、麻薬をやって痴態を晒し退場するとは思ってもみなかった。    性格の悪さに目を瞑れば、彼女が皇帝になる僕の隣に立たせるのにベストなパートナーだというのは誤認だった。  そして、オスカーがエステルを断罪してやろうと企む理由は1つだ。 (僕を陥れ、次期皇帝の座を自分のものにする為だ⋯⋯) 「オスカー、既にエステルと僕は婚約を解消し、彼女はロピアン侯爵家から勘当されている。君に毒を盛った嫌疑はマテリオにかかっているんだ。どうか、そのままにしてくれないだろうか⋯⋯エステルも僕の事を考えて道を外してしまっただけなんだ」  膝を突いて、胸に手を当てオスカーに懇願する。  エステルがどうなっても構わないが、婚約破棄したとはいえ彼女が毒殺未遂した犯人だと公になるのは危険だ。  彼女を勘当したとはいえ、ロピアン侯爵家もただでは済まなくなる。  サントスが僕の考えでエステルが動いたと漏らすかもしれない。 「この事を公にするかは、ダニエルお前のこれからの行動次第だ。それにしても、エステル嬢と婚約破棄とは彼女が乱行していた噂は本当だったんだな」  オスカーは楽しそうに笑うと、僕をに手で合図をして下がるように伝えてきた。  まるで臣下にするような合図を送ってくる彼は僕に皇位継承権を放棄しろと暗に伝えてきている。  苛立ちで脳が沸騰しそうになるのを抑えながら僕は彼の部屋を出た。  寝室に戻るなり、先程ユンケルが僕の元に届けたナタリアの部屋に あったという手紙を読む。  手紙はマテリオからナタリアに宛てたものだった。  ナタリアが他人として過ごせるよう買った戸籍のことと、髪色と瞳の色を変える魔法の薬について書いてある。  ナタリアが聖女でなかったなら、夜這いでもしていただろう。  憎きマテリオが全てを失う程、夢中になった女を自分の好きにすることで苛立ちが発散できたはずだ。    でも、彼女が聖女であると分かった以上、彼女を尊重しないと問題になる。 (そうか、ナタリアは聖女だ!)    聖女である彼女と婚約すれば、ガレリーナ帝国の平民たちの気持ちは集めやすくなる。でも、彼女が大罪人と娼婦の娘という生まれに対して貴族は抵抗を持ちそうだ。  しかしながら、彼女に後ろ盾になる大貴族がいれば話は違ってくる。  遠戚であるということで、ロピアン侯爵にナタリアを養女にするように提案してみる事にした。侯爵も当然、皇族に嫁入りする娘というカードは欲しいはずだ。  ナタリアの事を考えると不思議な気持ちになった。  あの美しいパープルアイで見つめられ、小さな赤い唇で愛を囁かれたら僕も変わるかもしれない。  マテリオやサントスのように側から見ると笑える程、盲目的に彼女を慕う自分を想像する。   (ありえないな⋯⋯女ごときで特別な僕の心は動かせない⋯⋯僕は変わらず皇帝になることだけを目指し続けるだろう)  僕は暗殺ギルド長に、手紙からマテリオの居場所を割り出し彼を暗殺するよう密書を書いた。  朝起きてメイドに身支度を整えさせていると、補佐官が僕の元に慌てたようにやってきた。 「ダニエル皇子殿下、オスカー皇子殿下が至急執務室来るようにとのことです」  補佐官の物言いにも苛立った。  無意識にオスカーを僕よりも上だと見做している。  やはりエステルの失態が響いているようだ。  婚約破棄したとはいえ、僕と10年婚約していた女が貴族令嬢として絶命にも等しいことをしたのだ。 (なんで当たり前のように僕が呼び出しに応じなければいけないんだ)  苛立ち紛れに壁を殴ると、補佐官が驚いた顔をした。    オスカーと僕は立場上は対等だが、完全に今は弱みを握られている。  だから呼び出しにもさっさと応じた方が賢明だ。  オスカーの執務室に入る前に深呼吸をして心を落ち着かせた。  ノックして部屋に入ると、一番最初に僕の目に入ってきたのはメイド服を着たナタリアだった。彼女の美しいパープルアイを覗き込んでも、相変わらず何を考えているのか分からない。 「ダニエル・ガレリーナ皇子殿下に、リオナ・ヨーカーがお目に掛かります。ふふっ、やはり男性は美女に目を奪われてしまうのですね」  ナタリアの隣にオスカーの婚約者であるリオナ・ヨーカーがいるのに気がついた。藍色の髪に灰色の目をした地味な令嬢で全く唆られないが、彼女の実家は代々宰相を務めるヨーカー公爵家だ。  政治的な力を持つヨーカー公爵家と、経済的な力を持つロピアン侯爵家。  ガレリーナ帝国の2大貴族である。 「リオナ、私にとっては君が1番だよ」  愛おしそうにオスカーがリオナ嬢の目元を指で拭った。  リオナ嬢は目が赤く泣いた後のようだ。  きっと、オスカーが復活して自分が皇后になれる道筋が再び現れ、嬉しくて仕方がないのだろう。 「オスカー、それは私もです。本当にあなたが回復してくれてよかった」  リオナ嬢が両手でオスカーの頬を包み囁いている。  2人で額を付け合って、微笑みあっていた。  互いに利用し合っている癖に、円満を気取る薄寒い2人のやり取りに溜息が漏れそうになった。
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