第9話 熱

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第9話 熱

「松永 かもみです。よろしくお願いします」 今、教室の黒板の前でエルフが立っている。 普通はぼくから逃げるだろ? 何考えているんだ? このエルフはだいぶ肝が据わっているようだな。 自然と口元が緩む。 「益々(ますます)、気に入った」 ぼくが異世界から帰ってきたのは、半年前。 元の生活に慣れるのに時間がかかってしまった。 強制的に転移させられて、魔王討伐とか。 意味が解らなかった。 10年もかかった。 元の世界に帰って来られたのは良かったが。 後ろの席に移動する彼女を目で追う。 少しぼくを警戒しているみたいだ。 昔のぼくは温厚で大人しく素直だったと思う。 色々あって、性格が変わった。 異世界の仲間からは外道とか散々言われたっけ。 帰って来てから、やっと自分の自由にできる。 あのエルフが、どうしても欲しくなった。 **** 「むむ・・」 「だからさぁ、気になるんだったら、さっさと告っちゃえばいいのに」 屋上で、二人仲良くお昼ご飯を食べる姿・・松永裕也、松永かもみ、を見るあみ。 「自信無くすのは解るけど・・言ってみないと分らないでしょ?」 転校生は裕也の従妹で、親しい間柄らしい。 あたしと、あみは陰からこっそり(のぞ)いていた。 この友達は奥手なのだ。 幼馴染だから大丈夫なんてことは無いのに。 「玲奈、それが出来たら苦労しないよ・・」 そりゃそうか。 そうは言っても、早く告白しないと取り返しがつかなくなる・・と思うんだけどな。 **** 俺とカモミールは、屋上に置かれたベンチに座っていた。 「そういえば、どうやって学校に入ったの?」 俺が聞きたかった、一番の疑問を投げかける。 「ん~こっちで言う催眠術(さいみんじゅつ)みたいなもの?をかけてみたの」 「それ、大丈夫なのか?突然解けたりしないだろうな」 「割と強力だから大丈夫よ・・あ、あの人なら解けるかも」 長井か・・。 突然突風が吹いた。 最近の風は台風並みで、風速何メートルとかざらにある。 「きゃっ!」 カモミールの体が浮いた。 「危ない!」 とっさにカモミールの腕をつかんで引き寄せた。 拍子に尻もちをつく。 俺の上に、カモミールが乗っかっている。 「痛てて・・」 お尻を強く打ったので、アザになってるかもしれない。 「ごめんなさい。すぐ移動するから・・」 カモミールはバランスを崩し、俺にもたれかかった。 抱きついた姿勢になり、顔が胸に押しつぶされる。 柔らかいものに顔が包まれる。 人肌・・しばらく感じていなかったものだ。 「ご、ごめんなさい」 カモミールは慌てて、俺から離れた。 あれ?動悸がする。 驚いて、まだドキドキしている。 「外は危ないな、中に入ろう」 俺は何もないところでつまずいた。 何だったんだ、今の・・。 「大丈夫ですか?」 カモミールが俺を心配して声をかけた。 彼女の顔を見ると赤くなっている。 風邪をひいたのだろうか? 外は寒かったからな。 家に帰ったら温めてあげないと。 ** 「くしゅん!」 カモミールは本当に風邪をひいていた。 「おかしいわ。風邪なんて引いたことないのに」 家に戻り、体温計で測ったら38度もあった。 驚いた。 「しばらく学校は休みだな。俺も休むか」 「え?なにも休まなくても・・」 「良いんだよ。俺が休みたいんだから」 カモミールは、しばらく大人しく寝ていれば治るだろう。 俺は安易にそう思っていた。
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