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帰り道
みかと話すのは、休み時間で最後だと思っていた。
「ニニ、一緒に帰ろう?」
・・・え?
「部活は?」
見学を終えて、どこかしら入部しているものかと思っていた。
私は帰宅部だからもう帰るけれど、他に習い事でもない限り、大体の生徒はこれから部活だ。
「特に入りたいの無かった。この学校、あんまり面白そうな部活無いね。なんでも実験部くらいはあるかと思ってた」
部活に何を求めているんだ。
「前は何部だったの?」
「兼部できたから、合唱部と芸術鑑賞部」
合唱部は無いよ。芸術鑑賞部なんて他校でも聞いたことないんだけど。
そしてなんでも実験部に入っていたわけじゃないんだ。
「美術部か吹奏楽部じゃ駄目なの?」
「美術部は、自由に作れるなら良いけど、そうじゃないみたい。吹奏楽部は、歌えるならって思ったけど、本当に演奏だけなんだね」
1人で歌うことになりそう。
「で、帰宅部にした。一緒に帰ろう?」
「家の方向・・・」
「同じみたい。初日に聞かれたから答えたら、西谷さんと同じ方向じゃん、可哀想って言われた」
・・・そーですか。
「私が帰宅部だっていうのは、どこで知ったの」
「『でも部活入れば下校時間は被らないよ、西谷さん帰宅部だから』って他の人が」
・・・それ言われて帰宅部選ぶって、大丈夫なのか?クラスメートにどんな反応されるんだか。
「・・・駄目?」
既に断られたかのような悲しそうな顔をする。
周りには、ほぼいない帰宅部をちらちら見ていく、部活動場所へ移動中の生徒たち。
・・・ここで断ったら、今度はどんな噂立てられるんだか。
いや、噂自体はどうでもいい。
どちらにせよ、選択肢は最初から1つしかない。
「どうして引っ越して来たの?」
一緒に帰ろうと言われて、何も話さないわけにはいかない。
でも、言った本人から思った以上に話を振られなくて、私からも話しかけてみることにした。
「お母さんの仕事の都合で。僕の家、母子家庭だから」
・・・それは奇遇。
「私は父子家庭」
思わず口に出していた。少しだけ、みかに親近感が湧いた。
みかも、興味を持ったみたいだった。
「そうなの?僕のお父さん、僕が生まれる前に死んじゃったんだって。だから、知らないんだ。ニニは、お母さんのこと覚えてる?」
「私も、あまり覚えてない。私が2歳か3歳の時に離婚した。教育方針の違いだって」
お父さんは、そう教えてくれた。
だけど、それはかなり言葉を濁していること。他にも理由があることを私は知っていた。
それで、私は、
「でも、お父さんと今喧嘩してる」
「そっか。お父さんって、どんな感じ?」
・・・どんな?
家のことをやるのは、父親よりも母親が多いらしい。
私の中にある、母親の記憶の欠片には、そういう光景はまるで無い。
抱きしめられた記憶もない。どれも、一定の距離を保った記憶しかない。
幼い私の視界に残っているのは母親の全身ばかり。
お父さんとの小さい頃の記憶は、何故かそれさえ無い。
「割と器用な人だよ。だから、家事もお父さんがしてる。慣れているっていうのもあるだろうけど。仕事は平日は会社に行ってる。帰って来る時間は遅くて、7時とか。私が、小学生の時は、遅くても6時だったけど」
「へえ・・・」
あまりピンときていないようだった。
それは、そうだろう。互いに片親だから、ここまで話が進んでいるだけで。
私たちが互いに気になっている父親、母親っていうのは、両親がいることが前提なのだから。
みかに聞いても「専業主婦」は出てこないだろうし、私が言っても、「家事はあまりしない」父親は出てこない。
それにしても。
みかのお父さんが死んでいること。
不謹慎だけど、私の母親もその方がマシだったと思ってしまった。
でも、それを言っても、みかは多分、否定なんてしないんだろうな。
腕の傷跡が、少し疼いた気がした。
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