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みかの家
帰りは、朝よりもずっと暑くなっていた。
確かにこれは、家に着く前に倒れてもおかしくない・・・
あの後、更に半分ほど飲んでしまった水筒の中身は、あと数口でからになるだろう。
駄目だと言ったみか本人は、帰り始めてからまだ水分補給をしているところをみたことがないけど。
「やっぱり、しんどいでしょ」
数歩先を歩いていたみかが、止まってこちらを振り返った。
そして、無言で手を差し出してくる。
・・・
つい流れで、自分の手を添えていた。
みかは私の手を軽く掴むと、また歩き出した。
「・・・」
「・・・」
向こうのペースで、逆にしんどくなるかと思ってた。
むしろ、軽く引っ張ってもらえて楽に歩けている気がする。
そういえば、私お母さんと手を繋いだことあったっけ。
どこかに出かけた記憶すら見つからない。
わざわざ捨てたわけでもないのに、2歳とか3歳くらいの写真は1つもない。
生まれた時、抱かれている写真はあるのに。
小さかったから、思い出せない。だけだといいな。
「もうすぐだからね」
昨日別れた横断歩道。
みかはまっすぐ行って、私は右に曲がる。
だけど、今日は私はみかに引っ張られるまま、まっすぐ進んだ。
すぐに住宅街に入って、次に曲がったときには、みかの家が見えていた。
「引っ越したばかりで、新築だよ。だから、まだあんまり片付いてないんだけどね」
「気にしないよ」
玄関に入ると、一気に涼しくなった。
我が家では見ない女性ものの薄茶のハイヒールが一足ある。
「ちょっと待ってて。あ、荷物置いていいよ」
「ありがとう」
デジタル時計に目をやると、温度は29度だった。
それで涼しく感じるって・・・外は一体何度なんだろう。
「ニニー、麦茶飲める?ペットボトルのやつ。水もあるよ」
「麦茶で」
気を遣わせちゃったな。
人の家の食事とか、お茶とか、そういうものが受け付けない人は一定数いるらしい。
昔・・・本当に、小学1年生とか、それくらいの時。唯一遊びに行った友達の家で、一緒に遊びに行った子が出されたジュースを飲めないでいた。
「はい。荷物になるから、水筒に移したら?ペットボトルはこっちで捨てるし」
そうさせてもらおうかな。
もらった麦茶は、冷蔵庫に入っていたのか、よく冷えていた。
残っていた水を飲み干して、こぼさないように水筒に移す。
「今日から急に暑くなるって、天気予報で言ってたんだ。30度超えてるよね」
「そうだね」
ニュースはあまり見ない。そもそもテレビもラジオも、「音」は煩わしくて苦手だ。
「昔は全然そんなことなかったのにな。最近は、本当に暑いね」
「そう?」
「うん。小学校って、プールの授業あるでしょ?でも、僕が通ってた学校って25度以上あるときじゃないと入れなくて。いつも21度くらいで、結局2回しか入れない年があったよ。2年生の時かな」
2回、か。
それくらいの年なら、まだまだプールの授業が楽しみだろうに。
「入れない時は、通常授業?」
「うん。せめてレクとかなら良かったんだけどな」
「流石に2時間分もレクはできないでしょ」
「だよね。あ、雪が降った時は、最初の2時間全学年で雪遊びしてた」
それは楽しいだろうね。
私は、雪遊びも大してしたことがない。
あまり雪が降らない地域だっていうのもあるけれど、5年生の時、一度だけ大雪が降って、みかと同じように遊ぶことになった。
もちろん、私にそんな遊び相手はいない。
そこでの唯一の思い出といえば、下級生の男子3人がふざけて私一人に雪合戦をしていたことくらいだな。
5分くらいして、同じクラスらしい女子が青ざめた顔で止めさせてたけど。
でも、「あの人にやったら殺されるよ!」は余計だろ。
「今年は雪、降ると思う?こっちもそんなに降らないんでしょ?」
「うん。数年に一回あるか無いか」
「そっか・・・1回だけ、毎年雪が降る所に住んでたけど、たまに降るくらいが楽しいんだって良くわかったよ」
・・・ん?
どうも、引っかかる。
こっちも降らない?1回だけ?
「みか、何回引っ越したの?」
転勤族?とか言うのがあったっけ。
「4回。1回目は1歳くらいの時で、あと3年生の時、5年生の時、で、今回」
「全部、お母さんの仕事の都合?」
「ううん。気分転換で引っ越したこともある」
気分転換・・・引っ越しって、そんな気軽に、できる人はできるんだ。
と、電話が鳴った。
「出てくるね」
「うん」
みかはすぐ横のドアを開けると、半開きのまま電話に出た。
話し声が、玄関にも聞こえる。
みかの口調からして母親だろうか。
みかはすぐに戻ってきた。
「お母さんからだった。遅くなるって」
「私、そろそろ帰る」
水分を貰って、少し休んだからか大分疲れはとれた。長居は出来ない。
「気をつけてね」
「うん。麦茶、ありがとう」
ここから家まで二十分もしない。
でも、その時間で涼んだ体はじりじりと熱くなっていた。
早く休もう。
家が見え始めて、足を速めようとしたところだった。
「・・・え?」
思わず、足を止めた。
玄関前に、女がいた。
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