面倒な行事

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面倒な行事

 あんな事があったからか。  嫌な夢を見た。  せっかく、最近は見なくなったと思ったのに。  母親が出てくる夢の内容は、いつも同じ。幼い頃の記憶が夢に出てくる。  母親の後ろ姿を、小さい私が見つめている。  リビングで、カウンターに寄っかかって電話をしている。  声は聞こえない。  ただ、おそらく私の声であろう、「マ・・・」という声が聞こえる。  ひどくかすれてて、まともに呼べていない。自分でも、息が続いていないのがわかる。夢の中って、こんなものだ。  いいのに。  なんで私、呼んでるの?  振り返るわけない。  私がひとりでに歩いていって、母親の服を引っ張る。  何か、嫌な匂いがする。  嫌い。  これ嫌い。 「マ・・・。マ・・・」  母親は振り返らない。 「マ・・・」  ねえ、やめようよ。諦めの悪い子供だな。  母親が唐突に電話を切った。  あれ、こっちを向く。  ・・・じゃなくて。  白く長い手がこっちに伸びてくる。  ・・・これは、そうだ。早く。  ねえ、私、早く、    なんとか目が覚めた時、腕が酷く熱いのを感じた。 「うわ・・・」  やった。  寝ている間に、腕を無意識に引っ掻き回していたようだ。  だいぶ深くやっている。血が滲んでいるのを見て、パジャマのまま2階の洗面台に走った。 「どうしたのー?」 「大丈夫ー!」  一階からの声に適当に返事して、水が冷たくなるのを待ってから傷口に流した。血が流れていくわけじゃないけど、なんとなくスッキリした。  ・・・触りたくないなあ。  「普通サイズ」の絆創膏で隠し切れる傷の大きさじゃない。  仕方なく塗り薬を指ですくって、刺激しないようにそっと塗り広げた。  だけど、五分もしないうちに傷のある所だけ血で薬が浮いて流れてしまう。  ・・・どうしようかな。  これは困る。割と。  仕方ない。  絆創膏代わりにガーゼを切って蓋にした。  大怪我をしているように見えるからあまり使いたくないけど。  案の定、登校中に会ったみかは私の腕を凝視した。 「え・・・どうしたの」 「絆創膏貼れなかっただけで、ただの引っかき傷」 「・・・へえ」  絶対疑ってる声だな。 「昨日はありがとう」  特にする会話も思いつかないから、とりあえずそう言った。 「ううん。今日無事登校しててよかった・・・無事?」  また腕を見てくる。  大丈夫だって。  そのまま会話も弾まず、歩き続けた。みかはやっぱり、時々私の腕を見る。  しばらくは気にされそうだな。  ───あ。  悪いことは、一度始まるとなかなか途切れてはくれないらしい。  小学生が3人、私とみかを追い抜いていった。  ランドセルにたくさん付けたキーホルダーをカチャカチャ言わせながら、走っていく。  高音と低音の差が激しい声。  こうやって聞いていると、小学生も中学生も似たようなものだな。  そしてそのうちの1人が、本当に、一瞬だけこちらを見た。私と目が合う。  みかが私の顔を覗き込んで言った。 「どうしたの?」  つい、じっと見ていた。 「・・・真ん中の子だよね?」  そこまでバレたか。 「知っている人なの?」  なんと言おう。  正直に言えば、現状の元凶でもある。別に、今も恨んでいるっていうわけではないけど。 「あ、今全部話せないなら話さないでね」  ん? 「どういう意味で言ってる?」 「僕が先入観を持ちたくないって意味で。1部しかわからないと、勝手に詮索して結論付けるから。どうしても、無意識にやっちゃうからさ。後で残りの事実を聞いた時、ニニを傷つけそう」  確かに、人に対する印象を勝手に事実と捉えて、人に「意外」とか「らしくない」とか言う人間は一定数いる。  理解しているみかは対象外だろうけど。  そして、今全部話せることではないのはわかりきったことだった。 「何年かかるかわからないけど、わかった」  その間にみかが転校しなければ話そうかな。・・・とか言ったら、また悲しそうな顔するんだろうな。  みかと2人、一番乗りで登校してしばらくすると、女子のカタマリが来た。  今日は珍しく躊躇せず、会話を続けたまま入ってくる。  ・・・何かあったっけ。  少し聞こえてくる会話は、「1年の時」とか「サプライズ」とか「映え」とか。  うん、さっぱりわからん。  先生も教室に入ってくると、「先生、今日あの話するー?」と声が聞こえる。  何の話??  女子はとても楽しそうだけど・・・=、私が楽しめることではなさそうだ。 「するよー。全員来てるなら、もうしちゃおうか」  途端に、女子の甲高い声。  どうやったらあんな声が出るんだ。 「はい、聞いてー?その場でいいから。去年覚えている人は期待しているよね、1年の時の校外学習は1度目が大雨で延期、2度目がまさかの生徒四分の一がインフルエンザで、時期を逃して結局大したところに行けなかった。で、その分今年はいろいろ楽しめるようにしようって話を覚えていた生徒は・・・かなりいるね、うん」  そういえばそうだったような。  もともとはキャンプか何かをする予定で・・・で、結局県内の植物園の探索に落ち着いた気がする。  正直、私は植物園の方が楽しかったけど。単独行動できたし。 「で、約束の通り・・・」  女子の悲鳴に男子の盛り上げの声も重なり、耳が痛い。  なんでこんなに響かせるのが好きなんだ。しかも、隣のクラス2つでも同じ話をしているらしく、やっぱり騒がしい声がしていた。  少し前の席に座っているみかが、そうなの?と言いたげに目を輝かせてこちらを見てくる。  お前もかい。  ま、騒いでないだけ良し。 「ということで、今年の校外学習は二年生全員による投票で決めることになりましたー!!」  思った以上に大盤振る舞いだな。そしてうるさい。 「後ろの棚に、用紙と箱置いておくから、条件読んで書いてねー」  かつてないほどのいい返事が教室中に響く。  みかがまた、こちらを嬉しそうに見た。  口パクで何か言っている。 〈た、の、し、み、だ、ね〉  いや、全っ然。
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