消したくない、君を

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消したくない、君を

 俺は獄所の管理者にお願いして、『彼女』と一晩過ごさせてもらうように頼んだ。  とはいえ、俺たち二人の間には鉄格子。  魔法の鎖で拘束しているとはいえ、どんな力を秘めているかわからないから鉄格子の向こう側に入ることは許可されなかった。 「遅くなってごめん……。消滅されていなくて…間に合って良かった」  狂気と憎悪に満ちた視線をこちらに向ける『彼女』。  時々「グルㇽㇽㇽ……」と唸り声をあげる。  今の状態では会話は成立しないのかもしれない。 「君が『魔物』にされたって知ったのはずっと後で……君の手がかりなんて全く掴めなくてもう会えないのかと思っていた」 『彼女』は鎖が嫌なのか、居心地悪そうに唸りながら鎖を解こうとする。 「10年もかかるなんて正直思わなかった。鬼ごっこは得意なの?」  俺は『彼女』がよく見えるように、鉄格子スレスレの場所に座り込む。 「きっと僕は君を元の人間に戻すことが出来る。だけど『魔物』である間の記憶を持ったまま人間に戻れば……罪の重さに君の心はきっと壊れてしまう」  俺は鉄格子を握りしめ、深いため息をついた。 「『魔物』であった時の記憶を消すことは出来る。だけど、それをしてしまえば『魔物』の記憶どころか人間だった時の記憶までもが消えるんだ。親の事も、友人の事も…全部。そして俺との思い出も全部消える。楽しかった思い出も、出会った時の衝撃も…次に会う約束も、全部、全部消えてしまうんだ」 『彼女』程凶悪な『魔物』は稀だ。  記憶を消すか消さないかの判断は、今のところこの任務の責任者である俺に委ねられている。  ぽたっ…、ぽたっ…と俺の膝に大粒の涙が落ちる。 「俺の事、覚えていて欲しい。  だけど、記憶の消去魔法を使えば絶対忘れる。  奇跡なんか起きない。  前例なんて1つもない。  ……畜生。何が魔法使いだ。  何でもっと…融通を効かせてくれないんだよ。  嫌だ、絶対嫌だ。  俺の事を…忘れるなんて」  人間に戻すなら消去魔法を使わないわけにはいかない。  他の『魔物』の罪とは規模が違う。  この罪は『魔物』の罪であって、彼女に背負わすわけにはいかない。  わかっている、わかっているが……。
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