消したくない、君を

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「では、記憶の消去をさせていただきます」  昼前には魔法使いが到着した。  早速『彼女』の対応にあたる。  記憶を全て消された『彼女』は、俺の手によって人間に戻る。  人間に戻って俺を見たが、何の反応もない。  獄所の職員に誘導されて、別室へ移動する。  別室には親が待機しているはずだと。  俺も居た堪れなくなり、用意された俺の控室へ駆け込んだ。  そう、これでいい。  君は新しい人生を歩んでくれ。  俺は最後に名前を呼んでもらった、それだけで充分だ。 『魔物』に人間の頃の記憶があるのかは定かではないが、きっとあれは俺の名前だ。  君を探し続けて10年。  君のために研究に没頭して10年。  成果はあった。 『魔物』にされた沢山の人間を救えたし、君も人間に戻すことができた。  そう、これで…満足だ。  後片付けをしなくてはいけないのに、脱力して手が震える。  膝が身体を支えられず、そのまま床に崩れ落ちた。 「嫌だ……。俺が愛した君がいないなんて…」  満足なわけがない。  また俺の名前を呼ぶ君の声が聞きたい。  また俺に向けた特別な笑顔が見たい。  今だってこんなに愛している。  君を消してしまったことを、今更後悔している。  声を殺して泣いていると、誰かが背中をトントンと優しく叩いた。 「あなたはどうして泣いているの?」  その声に驚き、俺は顔を上げた。
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