まだ片重い?

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「思ったより早く着いちゃった」 待ち合わせ場所である最寄りの駅前に着くと、まだ待ち合わせ時間まで一時間以上あった。 私、中野美樹は大学生生活を送ること早2年が経つ。 惚気けてしまうと、最近、高校生ぶりに彼氏ができた。 お相手は大学の向かいにあるIT会社の社長さんである大久保優樹さん。 近場のカフェでお互いに一目惚れして、交際を申し込んだら〝俺も気になっていたから、嬉しいな〟なんて言われちゃって、交際を始めたの。 漫画みたいなことが起きて、これが運命の相手っていう人なのかも!なんてずっと浮かれてる。 今もそう、今日は付き合って3ヶ月記念日ということもあって仕事が忙しながらも時間を作ってくれて、デートをすることになったわけで。 優樹さんがディナーの予約をしてくれたのだ。 プレゼントも用意してあるって言ってたし…優樹さん、めっちゃ私のこと大好きじゃん! はあ…幸せ、私愛されてるなぁ…。 そんなことを考えつつ予定より10分ほど早く着いてしまった私が、さてどう時間を潰そうかなと思っていたら不意にスマートフォンからピロンという音が鳴った。 コートのポケットに閉まっていたスマホを起動させロック画面を表示すると、優樹さんからのメッセージが3つも送られてきていた。 素早くそれをタップしてトーク画面に移動する。 〈美樹、もうついた?遅れるかもしれないから先店入っててくれると助かる〉 《あ、わかりました……!待ってますね》 優輝さんに言われた通りに、ディナーを予約している店に先に行っておくことにした。暫くしてレストランに入ると、店員が席まで案内してくれた、個室を予約していたので私は部屋に入るなり椅子に腰掛けてコートを脱いだ。 そして、店員さんに渡されたメニュー表を開いて目を通した。 悩みつつ、適当に紅茶を注文する。 食事はコースで頼んであるので、後でデザートとドリンクを持ってきてくれるという。 それまでは紅茶を飲みながら優樹さんからの返信を待っていよう。そう思って紅茶を啜りつつスマホ片手にSNSを眺めていた。 それから2、3分経った頃。LINEの通知が来たのでトーク画面を開いてみると 〈ごめん、明日大事なプロジェクトある後輩がミスしまくっててそのカバーに回んなきゃ行けなくなっちゃったからさ、デートまた今度でいい?〉 というメッセージのみ。 こういうことは初めてじゃない、前も上司に急に仕事を押し付けられて行けなくなったとか、ドタキャンなんてこれまで何度かあったし、会えても上の空なときだってあった。 こっちの気持ち考えたことある?って言いたい、仕事なら仕方ないって割り切るべきなのは分かってる、でも、すごく虚しい。 そんな気持ちとは乖離している文章を固定文を打つように素早く送った。 〈大丈夫ですよ!お仕事お疲れ様です。そういうことなら、仕方ないですよね〉 返信するとスマホの画面を暗くした。 優樹さんに会えると思って、会って楽しい時間が過ごせるって思ってずっと楽しみにしてたのに……。 はあ、もう嫌だ。消えたい。 こんな気持ちになるならデートなんかしなければよかった。 そう思ってしまう自分に自己嫌悪する。するとすぐにメッセージが返って来たので電源をつけて再び画面をつけると 〈うん、ごめんね。残業確定だろうからメールも電話も出れないから〉 という文が返ってきていて、顔が見えないから、どんな気持ちで送ってるのかなんて読み取れないし、姿が見えないから余計不安が募る。 すぐに了解ですっと送ったが、それに既読が着くことはなかった。再び画面を暗くすると、急に孤独感と寂しさに襲われるようだった。 優樹さんに会いたくて、今日だって会いたかった、一緒にいたかった…そう願うのは我儘なの?記念日ぐらいは抱きしめて欲しいのに……なんで、なんでなの? そんなことを思いながらも私はコース料理をキャンセルし、会計を済ませて店を出た。 そして、家に向かって歩き出した。街灯が着いているはずなのに、世界は真っ暗に見える、街を行き交うカップルが視界に入ると〝お前は相手にされてない〟と言われているような気がしてならなかった。 悲しい、辛い。 泣きたいのに、涙が出ない。 泣くほどの事じゃないのかもしれない、でも私は優樹さんに会えない、触れれないし抱きしめてもくれない。 それが苦しくて堪らない。 いつもそうだ。私は仕事を優先して優樹さんが全然構ってくれなくて一人で泣いてるなんてよくあること。 どうして?私の何が悪いの?こんなに大好きなのに……ずっと一緒にいたいと思うのは私だけなの?って心のなかで叫びながら1人で涙を流すことが日常茶飯事だった。 付き合ってから3ヶ月、優樹さんが大好きという気持ちが日に日に強くなっていった。 でも、それは私だけみたい。 私が優樹さんのことをどんなに大好きかなんてどうでもいいの?仕事だから仕方がないって割り切らなきゃいけないの?そんなことしか考えられない。 もう嫌だよ……こんな苦しい思いするぐらいなら好きになるんじゃなかった、この気持ち忘れたい、忘れさせて欲しい、お願いだから。 止まらないネガティブ思考に負けた私は一通りの少ない路地に着くと、その場にしゃがみこんでしまった。 そこでやっとぽろぽろと涙が頬を伝い始めた。 どうしたらいいの?優樹さんは何を思ってるの?私のことどう思ってるの?私はこんなにも優樹さんのことを愛してるんだよ、なのに、どうして会いに来てくれないの。 静寂の響き渡る夜道で、そんな本音をブツブツと漏らしながら静かに泣くことしか出来なかった。 悲しくて苦しくてたまらなかった。 そんなとき、後ろから肩をトンっと叩かれ聞き覚えのある声がし、振り向くと 『美樹ちゃん……?』 「…えっ……」 そこには幼馴染であり、ひと月前に私に告白をしてきた男、兼ちゃんがいた。 自分が情けなくて、ただ見つめることしか出来ない。 そんな私に兼ちゃんは優しく微笑んで手を差し伸べてくれる。 戸惑いつつもその手を掴むと 『…今日ってデートのはずじゃなかったっけ?』 「え?あぁ……今、その帰りだよ」 下手くそに笑うが、幼馴染である兼ちゃんに言われる言葉は、なんだか全てを見透かされているようだった。 『その様子だと、まさかまたドタキャン?』 「仕方ないって…今日は会えるような気がしたけどちがったってだけ…仕事なら、仕方ないでしょ?」 『でもそんなにお洒落して待ってたろうに…』 それを言われると同時に今まで抱え込んでいた思いも吐き出したくなり涙声で喋り出す。 「いいの、LINEでも話せるだけでも嬉しいし!…まあ、今日は残業確定だからしてこないでって言われてるけど…」 急に声を荒らげて喋り出した私に兼ちゃんは目を見開いて、遮るように言葉を吐いた。 『なんだよそれ』 そして、一息ついてから再び話し始めた。 でもそれはさっきの優しい声色ではなく、少し苛立ちと怒りを感じた声色だった。 『美樹ちゃんは、アイツに泣かされてばかりじゃん』 兼ちゃんはそう言うと、私の手首を強く掴んだ。 痛い、離してよ。 そう伝えるために下を俯いていた顔をあげると、私はまた驚いた。 兼ちゃんは酷く悲しそうな顔で私を見つめていた。 『っ、ごめん…強く掴みすぎたかも…!でも、あまりにも美樹ちゃんが辛そうだから…』 なんで……どうして兼ちゃんがそんな顔するの? 困惑しながらも言葉を紡いだ。 「大丈夫だけど…辛いけど、これが私の幸せ…だと思うから」 『そっか……でも、俺は美樹ちゃんのこと泣かせたりしないけどな』 そんな言葉に上手く反応出来ずにいると 『だから、アイツのことなんて忘れて…俺の彼女になってよ』 どこか淋しそうな、愁然とした顔つきでそう言われ、咄嗟に言葉を返す。 「……っ、それでも、私は優樹さんが好きだから…ごめん」 兼ちゃんは私のことを幼馴染としてもだが、多分一人の女性としても好いていてくれてるんだと思うと、胸が痛む。 何度言われても、私は優樹さんが好きだから。 『だよね、まあ...そんなの、美稀ちゃんがアイツに片思いしてたときから分かってるよ』 「それを言うなら今もそんなもんだけどね」 私が愛想笑いをすると、急に声を張り上げて両肩に手を添えられた。 『美樹ちゃん!!』 「えっ…な、なに?」 『こういうときは呑むのが1番だよ』 居酒屋にて、兼ちゃんとお酒を呑んでいた。多分私の方が飲んでいただろうか 「ほんっとさあ!」 『うんうん』 「今日だって、ドタキャンされて……もうなんなの!私ばっかり好きみたいじゃん!」 『美樹ちゃんってばもう酔ってない?』 兼ちゃんの言葉に反論しようと思い、目を見つめるとなんだか優しく微笑んでいるようにも見えた。 「だってこっちは3ヶ月記念日だっつーのに!!わざわざ新しい服着て待ってたのに!!」 そう、今日は付き合って3ヶ月記念日。 それだから張り切ってデート服を新調したし、美容院にも行って髪だって綺麗にしてもらった。 それなのに、優樹さんはデートの約束をドタキャンした挙句、残業でそれどころじゃないとメッセージが送られてきた。 「まあ、仕事は仕方ないことだと思うけど……だとしても本当にもう嫌になっちゃうよ!!」 『美樹ちゃん、わかったから飲みすぎ』 兼ちゃんはそう言いながらもお水をくれたのでそれを受け取ると一気に飲み干した。 「はあ……もうやだ」そう呟くと同時にテーブルに突っ伏す。 それと同時にグレーな感情が湧き始める。 〝優樹さんのことは好きだ、でも一緒にいるのは辛い。私の隣には私を愛してくれる兼ちゃんがいる、それでも私は兼ちゃんではなく優樹さんを選んでる……もういっそ、辛くない方を選んだ方がいいのかな〟と。 そう、結局私は優樹さんのことが今でも大好きで愛してる。 でも、兼ちゃんもそんな私のことを大切に思ってくれてるのは分かってるし……でも泣くほど辛いなら、いっそ兼ちゃんと付き合えば幸せになれるのではないか。 そう何度も考えたけど、でもやっぱりそれは出来ないし、私が選ぶのは優樹さんしか居ないから……この悩みが解決することはあるのだろうか。 『美樹ちゃん?おーい』 「んぇっ?」 間抜けな声が上がり顔を上げると心配そうな顔をした兼ちゃんがこちらを見つめていた。
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