霧の孤島

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霧が辺りを支配する。海の向こう。高くそびえる山が遠くに見えた。 どこか誰とも会わぬ場所へ消えたい。 常日頃からそう感じ、言葉を吐いてきた私にとって、そのシルエットは徐々にユートピアに変わっていった。 人の手入れの届かない島。すぐに途切れるビーチを一周しても人一人いない孤島。断崖絶壁と鬱蒼とした森林が軒を連ねている。 そこはまさに、私だけの島だった。 難破してよかったと初めて安堵した。誰も知り合いはいない。それが逆に新鮮で開放された気分だった。それに今回私は、もうエンジンの動かない船ごと流れ着いていた。それのよきとするところは、船に全て積んであるということだ。食事もナイフもテントも水も、娯楽も。 太陽光で充電される腕時計を見やると、もう12時。そろそろ屋根のある家を作ってしまわないと夜を超えるのが厳しい。砂浜に寝床を作るつもりではあるが、もしかしたら林から猛獣が飛び出す危険性も考えられるからだ。 そう思って私は、よし!とだけつぶやいて、黙々と木を切り倒し、丸太を数十本を目標にそろえていく。 船出する前、私はサバイバル系のゲーム実況を見るのを好んでいた。そこでは、パソコンで操作されたキャラクターがプレイヤーの指示するままに木を切り倒し丸太を集め、休憩も挟みながら簡素な家をつくっていた。 それを見ながら私は、そのゲームの描写が少し現実的であること、簡素な家を自分一人だけが何もかも独占できることに魅了されていた。そして、実際にできるのではないかと思うようになった。 もちろん、島を探すのと並行してキャンプ場や山へ行き、野宿の経験も積んだ。いつか一から生きるためのものをそろえないといけないときのために。 その「いつか」が「今」だ。 その事実が私を乱舞させていた。 日が沈んだころ、私は丸太を集め終えた。やはりゲームのようにはいかない。スキップできないから、疲労や休憩と戦いながら私は砂浜に五体を投げた。 「疲れたぁ」 つい口から疲労が漏れ出していた。それを恥ずかしいと思わないほど困憊していた。視界の先に映る満天の星空を見ている内に、気づけば目の前は真っ暗になり、脳裏に新月の夜空が広がった。 さて、丸太を組み合わせた簡単な家を完成させてから1日経った。 寝落ちして、起きて家を完成させて、その作った家でまた寝落ちして。 拠点にある程度満足感が得られたため、私は今日は意気揚々と森の中へ足を進めていた。というのも、家を作っている間、森の奥からチカチカと光が見えたり、言葉になり得ない叫びや咆哮が聞こえてきたりしていたからだ。危険を確かめるというよりも好奇心が勝ったのだ。 草木が生い茂る。腕時計を確認する。今はまだ朝のはずなのに日の光があまり届かない。懐中電灯を持ってきておいて正解だった。暗い。前は見える。ただ少し先に光は届かず目を凝らしても闇が広がる。木が多い。狭い。乱立した木々が自分のいる空間を狭め、狭め、苦しい。 なぜだろう、心の中に見覚えのある苦しさが芽生える。何か発見したらさっさとここを出よう。そう決意した瞬間、視界の端に何かを捉えた。 言葉にならない声が木々に反射して響き渡る。 遠くに見えるその姿は、まるで人のようだった。手足口を動かし何かを喋っている。 その光景が信じられず目をこすった。徐々に明らかになっていくその風貌。ソレは、茶色だった。 「ああ、なんだ、サルか。焦ったぁ。」 独り言が口をついて出た。それだけこの島が自分を癒すものだと確信していたからこそだった。 サルの対処法はなかなか難しい。私は今日の食糧にすべくナイフで作った弓矢を構え、木に隠れながら頭蓋を狙って矢を射った。 「痛い!なんだ、誰だ!」 何かをまくし立てている。 いや、あれは人に近い頭脳を持ったサルの怒りの表れだ。あいつは今どこかから攻撃を受けている。それを見つけるためにああやって声を出して相手を威嚇しているのだ。 続けて数回打つ。そもそも矢の材料は木だ。そこまで威力がないようだ。 私は木の槍を手に、片側にはナイフを手に木に隠れながら標的に近づいていく。 逃しはしない。今日の獲物だ。船に残る食糧は全て非常食だったから、肉がなかった。 新鮮な肉を手に入れるためには現地、つまりここで狩りをしなければならないのは知っていた。そして、この島にはサルがいた。それは同時に狩りつくさない限り食糧がほぼ永遠に手に入るということだ。サルは木の実などを食べても生きながらえることができ、人のように群れて生活するからだ。 もう十分に届く距離まで息を殺して歩いてきていた。奴はこの木の裏で頭を抑え呻いている。そこに、抵抗する様子は見られなかった。いや、私を見つけられていないだけだろう。予備の木の槍を逆手に取り、大きく振りかぶって奴の頭めがけて投げた。 サルが叫び声を上げる。 クリーンヒットはしたが、少しえぐっただけで死には至っていないようだった。 「ああ!痛い!お前か!お前がやったのか!こんなことをしていいと思ってるのか!警察を呼ぶぞ!おい!」 サル独特の悲鳴をあげる。何を思って怒っているのかあまりわからないが、なんとなく私の位置を見つけられた気がした。 その考えが的中したかのように、奴は手をかざして襲ってきた。が、瀕死の攻撃だ。私には当たらない。私も木の槍で胸を狙って突く。突く。何度も突く。 どれだけ時間が過ぎただろうか。奴はすでに息絶えていた。 腕時計を確認する。時間はもう15時。初めて獲物を狩ったという疲労が押し寄せる。一気に眠くなってくる。そろそろ拠点に帰らねばなるまい。 だが、全ては持って帰れない。人に似たこの獣を一体運ぶなんて疲労困憊の今の身体では到底無理だ。 私は意を決して、ナイフを取り出し、それを解体した。食べられる場所は足、腕、そんなところか。血は他の獲物を遠ざける。そう思ってある程度をペットボトルに溜めた。 さあ、帰ろう。今日はもう疲れた。早く寝たい。 浜辺についたころには空は暗くなっていた。つけたままにしていた火の光が自分の家の場所を知らせる。寝る前に今日の戦利品を調理しなければ。幸い調味料は船の中に積んであった。 数十分経って肉が焼けた。香り立つ匂いが私の腹をさらに空かせた。早く食べよう。 私は手で持った肉にかじりついた。肉汁があふれ出る。皮がカリカリに焼けており、塩と絶妙にマッチしたその味は、うん、格別だ。うますぎる。この至高さは自分で獲物を得たことからくるのだろうか。今までこんな美味い肉は食べたことがなかった、そう思えるほどに美味い。ああ、もうなくなった。つい指までしゃぶってしまった。この生活、最高過ぎる。 そう感じた途端、疲労のせいか私はそのまま眠ってしまった。 朝起きたら身動きできなくなっていた。 「ん!?え、何!?」 視界の隅にサルがたくさんいた。 その時点で私は悟った。 ああ、奴への復讐か、いや意趣返しともいうべきか。仲間を殺され餌にされたと思った奴らは、とうとう実行に移してきたのか。さすがにこれでは何もできない。弱肉強食の世界だ。今度は私が弱い立場になってしまっただけの話だ。 ナイフは取り上げられ、サルは物珍しそうにこちらを見ている。奴らに食べられるまでの間どうにかして脱け出して、いや果たして抜け出した先に居場所はあるのか。この狭い島で逃げ回ってもどうせ知れている。だが、昨日のあの食事は本当に生きがいだった。どうにもできない自分の状況に、叫びたい気分だった。 えー速報です。 本日未明。不審な男を目撃したとの通報があり、警察は〇〇川の橋下に住んでいた橋口登(43)を捜査の末逮捕しました。 彼の居住と思われる段ボール型の家の中には、何かを食べた痕、血の入ったペットボトル、骨、血の付いたナイフなどが発見され、採取されたDNAが、昨日の昼頃に殺害された男性のものと一致したことから、家の中で寝ていた橋口容疑者を警察は現行犯逮捕しました。 ここで、昨日の昼頃に起こった奇怪な事件をもう一度振り返ってみましょう。遺体は人通りの激しい道路、その路地裏でひそかに発見されました。  犯行現場もその路地裏であると見られ、遺体は現代には似つかわしくない、木の槍が頭に一本、胸に一本、矢のようなものが頭に数本刺さった状態で発見されました。また、遺体はナイフのようなもので数か所削り取られていた模様です。 本日発見された橋口容疑者は目覚めて拘束された後も小声で何かを喋っている様子が見られ、警察は今回の一連の事件の真相を深く追及し我々メディアに明らかにする方針を立てています。 次は、お天気のコーナー!今野さーーーん!! はーーい!今日は、ハレルンくんと一緒に、お届けするよーーーー!
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