ささくれ

1/1
0人が本棚に入れています
本棚に追加
/1ページ
 太一は緊張していた。明日は面接だ。大学を卒業して以降、就職浪人だった。一度は就職したものの、長続きしなかった。本当は教員になりたかったけど、自分には向いていないと気づき、諦めた。気が付けば、みんな就職が決まっていて、太一はどうしようもなかった。だが、ハローワークに行って、仕事を探さないと。仕事をしないと、人は成長できない。生活していけない。 「明日は面接だな」  太一は面接官に渡す書類を書いていた。ある程度は書いていて、後は日付、写真、志望動機を書くだけだ。できるだけ準備は進めておいた方が、気持ちに余裕ができると思っているからだ。 「よし! 準備できた」  太一は準備を終え、書類を封筒に入れた。これで明日の準備は万端だ。あとは面接の練習をするだけだ。  だが、太一は親指を見て、何かに気づいた。爪の横にささくれができているのだ。気になって気になったしょうがない。 「あれっ、これはささくれ。何とかしないと」  太一はささくれをはがそうとした。はがして、すっきりとしたい。指はすべすべの方がいいから。 「いてっ!」  だが、めくりすぎて、血が出てしまった。明日は面接だというのに、こんな事になってしまうなんて。 「くそっ、明日は面接だというのに」  太一は焦っていた。なかなか血が止まらない。どうしたらいいんだろう。全くわからない。 「なかなか血が止まらない」  太一は考えた。絆創膏を付けよう。明日は面接だというのに、絆創膏を付けていると、嫌に思われるかもしれない。だけど、血が出ているのだから、仕方がない。 「絆創膏をしよう」  太一は親指に絆創膏を巻いた。太一は絆創膏を気にしている。 「明日は治っているかな?」  明日までに血が止まっているといいな。そう思いながら、太一はベッドに入り、寝入った。  翌日、太一は目を覚ました。あと数時間で面接だ。緊張するけど、頑張らなければ、自分に未来はない。 「はぁ・・・。今日はいよいよ面接か」  太一は絆創膏をはがした。血は止まっている。絆創膏の白い部分には血が付いている。 「よし!血が止まってる」  太一はほっとした。これで何とか大丈夫みたいだ。  太一は朝食を食べ始めた。1人で食べ始めて、もう5年目だ。1人暮らしにはすっかり慣れた。もう母が恋しくない。俺は1人で生きていく。  太一は朝食を食べ終えると、すぐに歯を磨き、スーツに着替えた。もう何度、スーツを着て面接に行っただろう。何度行っても、いい結果がもらえない。いつになったら採用をもらえるんだろう。太一は次第に焦っていた。 「さて、行くか」  太一は面接する職場に向かった。職場までは地下鉄で30分ぐらいだ。そんなに遠くはない。遠すぎては、面接においてマイナスだ。30分から40分がベストだと思っている。  太一は最寄り駅にやって来た。駅は朝のラッシュを終え、閑散としている。朝はどれぐらいの人がやってくるんだろう。全く想像できない。  太一は面接する職場の前にやって来た。今回受けるのは金属加工の会社だ。自分は力仕事をする会社に就職したいと思っている。  太一は外にある事務所の前にやってきて、ノックをした。 「はい」  太一は事務所に入った。そこには何人かの人がいる。彼らは事務や社長のようだ。 「失礼します。本日面接に参りました、神谷太一といいます」 「どうぞ、こちらにおかけください」  すると、1人の男が支持をした。この人が面接をするんだろうか? 「はい」  太一は席に座った。 「まず、履歴書などをお願いします」  太一は、持ってきたカバンから履歴書などの入った封筒を出した。 「こちらです」 「ありがとうございます」  面接官は封筒を手に取り、中の履歴書などを見た。 「へぇ、いい大学を出ているんだね」 「はい」  面接官は、学歴が気になったようだ。大学は、いい所を出ているのに、少しブランクがある。4年生の時に就職活動はしているはずなのに、太一は何をしていたんだろう。 「どうして卒業してすぐに就職しなかったんですか?」 「私には、教員になりたいという夢がありました。ですが、自分には向いていないと感じ、諦めました。その頃には、みんな就職活動を終えており、どうにもなりませんでした」  面接官の表情が変わった。マイナスな事を言ってしまったようだ。太一は少し焦った。 「そうですか。どうして前の会社を退職したのかな?」 「仕事が減った事による人員整理です」  太一はそれ以後に1度、就職したことがある。だが、すぐにやめてしまった。職場になれなかったからだ。だが、そう言ってしまうと、マイナスだ。人員整理だと言っておこう。 「そうですか」 「本当はもっと仕事をしたかったんですが、そうはいかなくて」  太一は残念そうな表情を見せた。本当はもっと仕事をしたかったのに。 「わかりました。ちょっと、手を見せてもらって、いいかな?」 「はい」  と、面接官は親指のささくれの跡が気になった。まさか、ささくれをはがしたんだろうか? 「あっ、君、ささくれができたのかな?」 「はい。昨日、ささくれができてしまい、血が出てしまいました」  太一はまた焦った。ささくれの跡を見られてしまった。どうしよう。 「そうですか。実は自分もささくれができましてね、血が出てしまったんですよ」 「そうですか」  面接官も昨日、自分と同じような事をしてしまったようだ。まさか、同じことを経験しているとは。太一は少し緊張がほぐれた。 「はい。最後に、何か聞きたい事がありますか?」 「はい。御社の今後のビジョンを教えてください」  今後のビジョンは、最後の質問でよく聞いていることだ。 「この会社は、世界進出を目指していて、グローバルに活躍できる人を募集しています」 「そうですか」 「他にはありますか?」 「特にありません」  太一は深く息を振った。もうすぐ終わるようだ。 「今日はありがとうございました」 「ありがとうございました」  太一は席を立ち、事務所の入り口に立った。 「失礼しました」  太一は事務所を出ていった。結果はどうなるか、わからない。だけど1つ、わかった事はあった。傷を隠さずに、頑張って生きていこうという事だ。
/1ページ

最初のコメントを投稿しよう!