第1話 転生少年と家出少女

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第1話 転生少年と家出少女

 俺、ユウリ・リシュタルは前世の記憶を持ったまま生まれた転生者である。  生まれた時から前世の記憶が残っており、知識も人格も変わらないままだ。  前世では田村(たむら)優太(ゆうた)という名前でごく普通の家庭に生まれてごく普通に育った大学生で、牛丼を食べていた時に店外から突っ込んできた自動車に轢かれそうになってから記憶がない。おそらくプ◯ウスに轢かれて死んだのだろう。  両親に親孝行できなかったのは悲しかったが、新しい人生で両親に愛されて育ったおかげで、今の人生を受け入れて全力で楽しもうと思えた。  そして、この世界は魔法が使えて魔王が存在すると知った時は、俺が異世界転生モノの主人公が如く勇者となり魔王を倒すのだと思った。  俺が異世界転生主人公。  そう思ったのと同時に神様とやらにチートスキルをなにも貰ってないと気がついた。  そうとわかれば勉強した。  前世の記憶との違いに苦労しながら魔法という魅力的な存在に全力で勉強して毎日を過ごす。そして魔王を倒すべく冒険者になれる十五歳になった日。  春の暖かい日だった。ホワイトタウンという冒険者のはじまりの街で冒険者ギルドに入り、ギルドマスターに冒険者登録してもらった後だった。  魔王が勇者によって討伐された。  そんなニュースが街に流れ、俺の勇者になる夢は儚く砕け散った。  魔王が死んだ後も魔物は現れ、冒険者の仕事は減ることがない。だから、目標もなく堕落的に冒険者を続けて毎日をその日暮らしで過ごしていた。  ───冒険者ギルドの受付カウンター前。  食事スペースにあるイスを持ってきて座るとカウンターに頬杖してもたれ掛かる。 「……あー、飲み過ぎた」 「……お前、ここでダラけるなよ」  俺の正面にいるのはくすんだ赤髪の男であるオリバーがいた。彼はこのギルドのギルドマスターであり魔王が倒された日に俺の相手をしていた男だ。 「いいじゃん。どうせ暇だろうに」 「俺は冒険者のお前と違って仕事があるんだよ。何も暇じゃねぇ」  冒険者ギルドに毎日顔を出しているとは言え、依頼を毎日こなしているわけではない。  その日暮らしとは言え、依頼で貰えるお金を一日で使い切るわけではないので、少しずつお金が貯まっていくと暇にしてもいい日が出てくる。  今日はちょうど暇にする日にしており、自由に遊べるのだが、遊ぶ友人もいないのでギルドで暇を潰しに来ていた。 「次の日が休みだと飲み過ぎちゃうよなー」 「……ここでくつろぐな」  オリバーがじとっとした目で俺を睨むが、それを気にするほど繊細な気遣いを俺はするつもりがない。  オリバーはギルドマスターにも関わらず受付カウンターに立って依頼受付や報酬受渡を行っている。  国から配られる金が少なくなったらしく、ギルドで雇える人が少なくなったようである。そのせいでオリバーが依頼受付や報酬受渡を行うことになっているそうだ。  まあ、俺はギルド職員ではないので、そういった事情なんて気にしないことにしている。 「どっかに面白いことないかなー」 「なら、依頼でも受けて働け」  俺の呟きにオリバーがため息混じりに言った。そもそも休みの日に働く発想はないので依頼を受けるつもりはさらさらない。  ダラけてオリバーに構ってもらっていると、ギルドの扉が開いた。  誰が来たのか見てみると、フードを被った白いローブの怪しい格好した人が入ってきた。片手には魔術師が使うような大きな杖を持っていて、受付カウンターに迷うことなくやってくる。 「……依頼をください」  俺の隣にやってきた怪しいローブはオリバーにそう言ってギルドカードを見せた。 「……一人か? なら受けられる依頼はほとんどないぞ?」 「そうしたら……」  怪しいローブはキョロキョロと周りを見回し、大きく息を吐き出すと俺の方を向いた。 「一緒にパーティを組んでくれませんか?」  突然の申し出に俺も驚いたが、それ以上に仕方なく俺を選んだような様子に失礼な奴だと思った。  そう思って睨むとフードから紺碧の瞳がこちらを見ており、その特徴にとある人物を思わせた。 「……聖女シャーロット・シュバリエ?」  俺がそう呟くと彼女は持っていた杖をこちらに向けた。 「……よろしくお願いします」  いや、攻撃する気満々のくせにお願いするとか脅しでしかないんだよ。 「わ、わかりました」  断るとか反抗とか、そんな余裕も与えてくれない状況に俺は了承するしか他ならなかった。  ✳︎✳︎✳︎  街を囲う外壁から出るために門でお金を払って街を出た。  街を出てからここまでローブの彼女と会話は何もない。身柄を隠していそうな彼女にあれこれ聞き出すのは憚られた。  しかし、街から出てしまえば周りに人はいないので突っ込んだ話をしてもいいだろう。 「なあ、あんたは聖女シャーロット・シュバリエであってるのか?」  俺がそう訊ねると彼女は足を止めて、こちらを振り返ると杖を俺へ向けた。 「そうですが、あまり名前を呼ばないでください」 「そ、そうですか。そしたらなんと呼べば?」  聖女シャーロット・シュバリエ。  魔王を倒した勇者一行。英雄と呼ばれた六人の中の僧侶がシャーロット・シュバリエという名前なのだ。  彼女は金糸の髪に深く青い、紺碧のような瞳を持っており慈悲深い回復魔法で“聖女”と呼ばれて世間に存在が広まっている。  ……慈悲深い回復魔法ってなんだよ。というか、今にも攻撃してきそうな奴が聖女とか嘘だろ。 「そうですね……。そうしたら“シャル”とお呼びください」 「りょーかい。頼むから物騒な杖を下ろしてくれ」 「……」  俺がそういうと彼女は杖を下ろして、再び歩き始めた。俺は一息吐き出すと彼女の後をついていき、わけのわからない今の状況に質問する。 「それでシャルちゃんはなんではじまりの街なんかに来たんだ? あんたぐらいならこんなところに来る必要なんかないだろ?」 「ちゃん付けで呼ぶのはやめてください。気持ち悪いです」  口悪いな、この聖女。どこが聖女なんだ。 「……シャルはなんではじまりの街に来たんだ?」 「別に理由なんてありませんよ。それにあなたには関係ありません」  会話☆終了! 会話を続ける気もない女と会話を続けるほど俺のコミュ力は高くない! とは言っても俺の休日が出勤になったんだから理由ぐらいは知りたい。 「んじゃ、なんでバカンスを謳歌中の俺をパーティに誘ったんだ?」 「むしろ、なんであなたはあそこにいたのですか?」 「……」  それもそうだ。休みならギルドに行く必要はない。むしろ遊びに出かけた方が有意義なはずだ。……友達いないだけだとか言えねぇよ。 「……あなたに声をかけたのは仕方なくです。ギルドのカウンターでくつろぐ人間をまともな人間とは思えませんでしたからパーティに誘いたくなかったのですが……」 「おいおい。ずいぶんな言いようだな」  ギルドのカウンターでくつろぐ勇者(自称)だっているかもしれないだろ。 「周りの人たちは何やら忙しそうで声がかけづらい状況でしたので……」 「あーわかるよ。周りが妙に仲良く話していると、どう輪に加わっていいかわからないよな。話しかけて『え、あー、……うん』みたいな微妙な反応取られた時とか居た堪れないよな」  そういった状況なら前世でも今世でも経験したことある。女の子グループに話しかけると特にそういう反応が返ってきて困るよな。 「それはあなただけではないのですか?」 「み、みんな経験するし! ……するよな!?」  俺がキョドったのを見て、彼女は大きく息を吐き出した。 「私は一人で依頼を受けられれば何でもよかったのですが……、そうもいかなかったので、あなたにたまたま声をかけたのです。だから、あなたも私とパーティを組んだからと言って舞い上がらないでください」 「舞い上がってねぇよ。どんだけ自信あるんだよ」  じとっとした目で振り返った彼女に口元を引き攣らせて答える。そうすると、彼女はフードを脱いだ。  揺れる金糸の髪の毛。後ろで一つに纏めて三つ編みで髪縛っている。白い肌に整った顔立ち。ハイライトの消えた紺碧の瞳。感情のない微笑みを彼女は浮かべる。 「自信も何も、私は勇者一行、英雄と呼ばれた一人ですよ?」  まるで自信を持つなんて当たり前のように言い切った彼女に思わず綺麗だと思った。  普通ならばイラつくだろうし、うざったく思うはずなのに、そうしているのが当たり前のように見えて純粋に綺麗だと思った。  見惚れてしまい、しばらくしてハッと意識を取り戻す。  いけない、いけない。彼女が聖女と言われる理由をまさに体験してしまったような気がする。いや、彼女はそもそも……。 「……あんたって貴族じゃなかったか?」  思い出すように言うと彼女は無表情になり、視線を俺から逸らした。……もしかして、地雷でも踏んだのか? 「……しました」 「は?」  彼女がボソッと呟くが、聞こえずに聞き返す。 「……家出してきました」  彼女はそういって何事もなかったように歩き始めてしまった。  家出? 彼女の言ったことを頭の中で整理する。しばらくして貴族の家から飛び出してきたということだと理解できた。 「……マジかよ」  俺はそういって彼女の後を追いかけた。
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