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ちょこれーとあらうんど
日本の首都東京から西へ一万キロメートル弱。フランス南東部の海沿いに位置する都市、ニース。穏やかな気候と美しい景色を楽しみに、観光客が世界各地から訪れる。
『Nice Palais de la Masséna Hotel & Spa』
ニース市街地にほど近く、マセナ広場と海岸を見渡すことのできる絶好のロケーションを誇る五つ星ホテルである。
これから観光に出掛けるという家族連れをロビーで見送り、腕時計に視線を落とした男の名はハーヴィー・エドワーズ。ニースにあるラグジュアリー・ホテルの中でも三本の指に数えられるパレ・ドゥ・ラ・マセナの総支配人である。
時刻は午後三時。そろそろ”見回り”がやってくる時間だ。
抜群の立地に最高のもてなしを誇るパレ・ドゥ・ラ・マセナだが、その実経営権を握っているのは何を隠そうフランスマフィアである。
ほどなくしてロビーに現れた人物は、ハーヴィーの姿を認めるとにこやかに微笑みながら片手を上げた。
「やあハーヴィー、調子はどうだい?」
「変わりない」
「そう。何よりだね」
金糸の髪と碧い瞳、柔らかな笑みを浮かべた男の名は、ロイク・ヴァシュレという。見目の麗しさとは裏腹に、フランスマフィアの幹部という肩書を持つ。
ふたりはスタッフ専用のドアを抜けてバックヤードへと入った。表ほどの煌びやかさは当然ないものの、清潔感の保たれた通路を並んで歩く。
「毎日ご苦労なことだな」
「これも仕事だからね」
明らかに嫌味な響きを滲ませるハーヴィーの台詞にも、ロイクに動じる様子はない。だがしかし、ハーヴィーは今日こそはとゆるりと首を振った。
「嘘を吐くな。毎日幹部が出向くなど異例だと、スタッフが話していたぞ」
「知ってたのかい?」
「一年も前からな」
呆れたように言えば、ロイクがふん…と考えるそぶりを見せる。
「…という事は、君はそれを知っていながら僕の来訪をこの一年、毎日、待っていてくれたと、そういう事かな?」
「そういう事にしておいてやろう」
憎まれ口を叩きながらもハーヴィーは笑みを浮かべてロイクを見上げた。
通路の角を何度か曲がり、ハーヴィーが執務室のドアを開ければロイクもまた当然のようにドアをくぐる。
「紅茶でいいか」
「そのために、僕はこの時間に来ているんだよ」
それに…と、ロイクは手に持った紙袋を軽く掲げてみせる。
「今日は君にプレゼントがあるんだ」
「プレゼント?」
「そう。だって今日はサン・ヴァランタンだろう?」
ロイクの言葉に、ハーヴィーはカレンダーへと目を向けた。
「そういえば、そうだな」
それは、ハーヴィーがこのホテルの総支配人になって一年が経とうとしているという事でもあった。
ハーヴィーは一年ほど前にロイクから誘いを受けたのだ。パレ・ドゥ・ラ・マセナの総支配人にならないかと。
ティーセットをテーブルに置き、部屋の中央に置かれたソファへと腰を下ろしながらハーヴィーは首を振った。
「まったく、あなたには振り回されてばかりだ」
「けど、君はそんな僕のために予想以上の働きをしてくれてるじゃないか」
「受けたからには仕事はするさ」
ハーヴィーが言えば、ロイクは嬉しそうに隣へと腰かけた。
「という事は、ここが気に入ってくれたという事かな?」
「悪くない。さすがにスタッフのレベルも高いしな」
「それなら良かった」
満足げに頷いてカップを口許へと運ぶロイクをハーヴィーは見遣った。
『Queen of the Seas』を降りて十一年。
船を降りて数年でハーヴィーは”総支配人になる”という自身の目標を早々に達成し、昨年までニースにほど近い場所にあるホテルで働いてきた。
「ところでハーヴィー。これを、君に受け取ってほしい」
「ん?」
ロイクが取り出した透かしの入った白い封筒に、ハーヴィーは僅かに目を見開くこととなった。それは、見間違いようもない『Queen of the Seas』の招待状だ。
「懐かしいな」
「お互い多忙でロングクルーズという訳にはいかないけれど…」
「充分だ」
ありがとうと、そう言ってハーヴィーはロイクの精悍な頬へと唇を寄せた。
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