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ハーヴィーにとって、自らがマフィアになる事に対する不安は一切なかった。そもそもロイクとの関係を続けている以上、自分が真っ当であるとすら思ってもいない。だが、それはあくまでも心持の問題であって、実際にロイクと同じ立場に立つなどとは考えたこともない。
「ロイ、いくらなんでもそれは無理だ。だいいち私はあなたやフレッドのように鍛えている訳でもなければ、ただのホテルマンなんだ」
「当然だけれど、君に僕のような仕事をしろと言うつもりはないよ」
「では一体なにをさせようと言うんだ」
「資金面の管理、かな。もちろん最初は組織が経営しているホテルの経営状況を管理してくれるだけでいい」
「……簡単に言ってくれるものだな」
組織の管理しているホテルの数が、いったい幾つあるというのか。そのすべての経営状況を把握し、利益を増やすのが手始めだというのだから呆れ返るしかない。けれども、ロイクは自信たっぷりに笑ってみせた。
「君は、たかがリゾートホテルの総支配人で終わるような器じゃないよ」
「これでも仕事には満足しているが?」
「けど、僕の話に興味がない訳じゃない」
違うかい? と、そう碧い瞳が告げる言葉を、ハーヴィーはすぐには否定できなかった。
「というか、なにもこれは既存のホテルに限った話じゃない。今あるホテルはもちろん、今後新しくオープンするホテルを君の好きなようにしてくれて構わない」
「そんな馬鹿な話が…」
「あるんだよ、ハーヴィー」
幾分か強いロイクの口調に、ハーヴィーは思わず息をのんだ。
「ロイ…」
「僕の話に興味がないというのなら蹴ってくれても構わない。けど、僕が言っているのは冗談や夢物語じゃないんだよ。僕が今話しているのは、ファミリーが君を幹部として迎え入れるにあたって君に提供できる報酬の話だ」
「つまり、失敗すればそれだけ責任も負うという事だろう」
「失敗するような男を僕が口説くと思うかい?」
「光栄だな。…とでも言えばいいのか?」
「交渉成立、かな?」
「その他の問題に関してはどうするつもりでいるんだ。だいたいフランス人でないフランスマフィアなど聞いたこともない」
「まぁ、僕もないね」
事もなげに言ってのけるロイクを、ハーヴィーが睨んだ事は言うまでもなかった。
「まあそう睨まないでよ。僕やクリスだって考えていない訳じゃない。もちろんフレッドもね」
「言っておくが、右も左も敵だらけなんて状況は御免だぞ」
「幹部たちの中に口煩いのがいるのは否定しない。けど、君は僕が守るから心配は要らないよ」
守ると言っても二十四時間ロイクが張り付いていられるはずもない事はわかりきっている。一抹の不安がないと言えば嘘になるが、不安よりも何よりも、期待が勝っているのも確かだった。
「いいだろう。仕事に専念させてくれるというのなら、その話を受ける」
「君なら、そう言ってくれると思ってた」
「だが本当に大丈夫なのか? 私が原因で揉め事が増えるなんて事にならないといいが…」
「そう思うのなら、君が結果を出せばいい。誰にも文句が言えないくらいの、ね」
「なるほど。では努力しよう」
ワインを開けるのが早すぎたと、冗談めかすロイクに呆れ返りながらも、ハーヴィーは最後に残ったハートをひょいと摘み上げた。
「食べるか?」
口許へと差し出せば、琥珀色のハートを軽く食んだロイクの唇がハーヴィーのそれへと重なった。どちらともつかず絡み合う舌の熱で、甘い香りが溶けていく。
零れ落ちそうになる唾液をハーヴィーがこくりと飲み込んだのをきっかけに、ロイクの熱が僅かに離れる。
「とても甘いね…」
「……当たり前だろう…」
まったくと、呆れ返って離れようとしたハーヴィーはだが、あっという間にソファの上へと押し倒された。
「っ…ロイ…!」
「嫌?」
「……シャワーくらい浴びてから…」
「なら、僕が運んであげるよ」
言うが早いか軽々とロイクの腕に抱えあげられ、ハーヴィーは小さく頭を振った。風呂へ入ればやれ髪を洗えだなんだと我儘を言うのがオチである。それまでは、ロイクの手を煩わせてやるのも悪くはないと、そう思いながら。
END
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