きゃんでぃーあらうんど

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 普段は休暇が重なることも稀なふたりである。同じ家に暮らしながらも擦れ違いの多い日々の中で、ふたりで過ごせる日だけは互いを存分に甘やかすと決めていた。  思うさま口づけを交わし、ふたりで用意した朝食を向かい合って食べる。 「そういえば買い物と言ってたけれど、何か欲しいものでもあるのかい?」 「今日は、三月十四日だろう」 「そうだね」  それがどうかしたのかという態度のロイクに、ハーヴィーは苦笑とともに取り出したスマートフォンを振って見せた。 「あなたがサン・ヴァランタンに日本ではチョコレートを贈るなんて言うから、フレッドに聞いた。日本には、ホワイトデーと言う日があるそうだ」 「ふぅん? それで、今日がその日だと?」 「サン・ヴァランタンのお返しをする日らしい」 「なるほど。それで君は、僕にお返しをくれるという訳かい?」 「あなたが要らないと言うなら、無理につき合わせるつもりはないが」 「まさか。せっかく君がくれるというものを、僕が断るはずがないだろう?」  嬉しそうに笑うロイクの顔に、フレデリックのこのうえなく弾んだ声が重なった。 『年に二度も愛を確かめ合う日があるなんて、日本は素敵な国だと思わないかい?』  船を降りて十年も経ち、顔を合わせることも減ったというのにロイクによく似た面影の友人を重ねてしまうのは、フレデリックにもまた、ロイクのように愛しげな笑みを向ける相手が居るのを知っているからだろうか。ふいに込み上げる笑いを堪えずに漏らせば、すぐ目の前のロイクが首を傾げる。 「やけに楽しそうな顔をしているね」 「いや、フレッドのことを思い出してな」 「それは、僕に嫉妬して欲しいって意味かな?」 「したいのならすればいい。だが、私が考えていたのはあなたが思っているような事じゃない」  ますます意味が分からないと困惑に顔を曇らせるロイクへと、ハーヴィーは手を伸ばした。 「あなたがあまりにも嬉しそうに笑うから」 「それとフレッドを思い出すのは別の話だね」  いささか拗ねた様子のロイクを見れば苦笑を漏らすしかないハーヴィーだ。こうして感情をあらわにするロイクなど、出会った当初は想像もしていなかった。否、もとより自身の感情には正直ではあったが、その方向性が変わったというべきだろうか。 「あなたが私に向ける笑みと、フレッドが辰巳に向ける笑みがあまりにも似ていたからつい、な」 「つまり君は、ようやく僕の本当の気持ちを信じてくれる気になってくれたという訳だ」  いやむしろ、今さらロイクの気持ちを疑うつもりなど毛頭ないハーヴィーである。だが、それをロイクに伝えてはいなかった。 「そうかもしれないな」  ハーヴィーの一言に、見る間にロイクの表情が変わるのが見て取れた。それまで浮かんでいた困惑などどこへやら、子供のように破顔するロイクの頬を指先で辿る。 「十年。けして短くはない時間だと思うが?」 「一生のうちの十年なんて、あっという間だよ」  今日はとても良い日だと言って笑うロイクの姿を、ハーヴィーは穏やかに見つめていた。    ◇   ◇   ◇  ハーヴィーがその男と出会ったのは、ショッピングモールのレストルームでのことだった。黒く艶やかな髪と、東洋人らしからぬ大きな体躯。右頬に残る傷跡に見覚えがあった。 「……辰巳…?」 「あ?」  怪訝そう…というにはいささか威圧を纏って響く声。振り返った男は、間違いなくハーヴィーの知る人物、辰巳一意(たつみかずおき)だった。 「お前…、あー…あれだ、船の……」  どうにも名前が出てきそうにない顔で唸る辰巳に、ハーヴィーは苦笑を漏らした。 「ハーヴィー・エドワーズだ」 「あー…、そんな名前だったか」 「あなたがここに居るという事は、フレッドも?」 「ああ」
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