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買い物をしているという辰巳の言葉に、ハーヴィーはすぐさま踵を返してレストルームを出た。理由は、もちろんロイクとフレデリックが顔を合わせる前に移動したかったからだ。顔も話し方も、仕草さえもよく似た二人ではあるが、ロイクとフレデリックは顔を合わせればすぐにいがみ合う。
だがしかし、この世の神には慈悲などというものはないのである。
足早に通路の角を曲がった先に見えたのは、高い位置にあるふたつの金色の頭。と、まばらに集まりはじめた野次馬の姿だった。
「遅かったか……」
ぽつりと呟いたハーヴィーは、すでに険悪な空気を醸し出している二人に溜息を吐いた。
「何をそんなに慌てて……あぁん? ロイクじゃねぇか」
ハーヴィーの憂いなどなんのその、後からやってきた辰巳はすたすたと二人に近づいていった。徐々に出来上がりつつある野次馬を睥睨するその姿には、凄まじい迫力がある。
やがて聞こえてきた辰巳の声に、ハーヴィーは慌てて後を追った。
「おいフレッド、目立つような真似すんなっていっつも言ってんだろぅが。張り倒すぞてめぇ」
「僕のせいじゃない。キミを待っている僕に声をかけてきたのはロイの方だからね」
「だったらなんでこんな騒ぎになってんだよ阿呆。どうせてめぇが無駄に突っかかったんだろぅが」
辰巳には理由など聞く気もないのだろう。ごつりと、鈍い音を響かせて武骨な拳が容赦なくフレデリックの頭に落ちる。その瞬間、周囲の野次馬からざわめきが起こったことは言うまでもない。
ハーヴィーは思わず頭を抱えたくなった。ロイクとフレデリックだけでも長身と派手な容姿が目立つというのに、辰巳のような東洋人まで一緒に居ては嫌が応にも人目を引く。
「辰巳、あなたは余計に目立つ」
「ああ?」
じろりとこちらを見る辰巳に、ハーヴィーは思わず後退った。その背中を、大きな手がふわりと抱きとめる。
「ロイ…」
「大丈夫かい?」
「あ、ああ……」
ロイクはハーヴィーを守るように辰巳との間に立った。
「久し振りだね、辰巳」
「ったく、お前も嫌われてんのわかっててフレッドに声かけんじゃねぇよ。面倒くせぇだろうが」
「僕はただ、上司に挨拶をしただけなんだけどな」
「それをやめろって言ってんだよタコ」
ぴたりと背中にフレデリックを貼りつかせたまま、辰巳は乱暴に頭を掻いた。その姿がまるで猛獣使いかなにかのようで、ハーヴィーは思わず笑ってしまう。
辰巳が間に入った事ですっかり大人しくなったフレデリックをお茶に誘い、四人は場所を変えることとなった。
ショッピングセンターからほど近いという理由でパレ・ドゥ・ラ・マセナへと移動した四人は、フレデリックとロイクの姿に慌てるスタッフに出迎えられた。紅茶と、フレデリックのためにケーキを運ぶよう指示を出してハーヴィーは空いている部屋へと三人を誘う。
テーブルを挟んで向かい合ったソファに腰を落ち着ければ、甘えるようにすぐさま辰巳へと凭れ掛かるフレデリックに苦笑が漏れた。
「相変わらず仲が良いようで何よりだな、フレッド」
「ふふっ。辰巳は世界一素敵な旦那様だからね」
今日もデートを楽しんでいたのだと嬉しそうに話すフレデリックを見ていれば、到底マフィアなどという人種に見えないから困ってしまう。
「ところでハーヴィー、キミにはお礼を言わなくちゃね」
「ん? 礼を言われるような事は何もなかったはずだが」
「ファミリーへようこそ。と、そう言えばわかるかな?」
「ああ、その事か」
「キミとまた仕事ができるなんて、僕はとても嬉しいよ」
「そういうお前は、随分と出世したようだ」
「まあね」
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