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アンダーボスという肩書を持つフレデリックは、組織のナンバー2だと、ハーヴィーはロイクから聞かされている。一か月前のあの日から、少しずつではあるが組織の内情や構成についてのレクチャーをハーヴィーは受けていた。
「おいそれと私が話せる相手じゃなくなってしまうな」
「確かにキミはファミリーの一員になったけれど、それ以前に僕の友人でもあるんだよ。それを忘れないで」
「それは有り難いが、お前たちにとって私は悩みの種でもあるだろう」
「まさか。キミの能力と年寄りどもの小言では、比べるまでもないよ」
「私も買い被られたものだな」
「後悔しているかい?」
「冗談だろう。お前が比べるまでもないというのなら安心できる。それに、私には優秀なボディーガードがついているからな」
ちらりと、ハーヴィーは隣に座るロイクを一度だけ見上げ、フレデリックへと向き直った。
「改めて、よろしく頼む。話を受けたからには期待に応えるつもりだ」
「ふふっ。キミは相変わらず真面目だね、ハーヴィー」
今や日本へと移住してしまったフレデリックと、ハーヴィーが顔を合わせることは少ない。十年も経てばお互い変わった部分もあるのだろうが、変わらないフレデリックの態度がハーヴィーには有り難かった。
◇ ◇ ◇
ハーヴィーがロイクとともに帰宅したのは、深夜にも近い時間だった。
辰巳とフレデリックとともに夕食を摂り、そのあと酒を飲んだ。車で来ているからと一度は断ったロイクに、運転手を用意するなど容易いと言って譲らなかったのはもちろんフレデリックである。結局、他人に運転を任せたくないというロイクの車をパレ・ドゥ・ラ・マセナに置いたまま、ふたりはフレデリックの手配した車で帰ってきた。
リビングのソファに座れば、どこかホッとする。上着を脱いだハーヴィーは、差し出されたロイクの腕へと薄手のコートを掛けた。
「ありがとう」
「少し飲み直すかい?」
「そうだな」
コートを掛けながら問いかけるロイクに短く返しながらも、ハーヴィーはキッチンに立った。冷蔵庫の中からサングリアのボトルを取り出す。
グラスを二つ。サングリアを炭酸水で割るのは、ハーヴィーのお気に入りでもある。それにちょっとしたつまみがあれば、それでよかった。
リビングのローテーブルへと皿を並べ終えたハーヴィーを、ロイクが手招く。
「おいで、可愛い僕のハーヴィー」
差し出された手に笑みを零し、ハーヴィーは大きな手を取った。すぐさまロイクの胸の中へと囲われる。
「飲みにくいだろう……」
「なら、僕が飲ませてあげようか?」
言いながら、断る隙も与えずに口許へと寄せられたグラスの縁へとハーヴィーは口をつけた。ゆっくりと流れ込んでくる液体を嚥下する。静かな部屋に、喉の鳴る音が響くようだった。
「美味しい?」
「ああ。だが、わざと零すのはどうかと思うけどな」
「ばれてたか」
口許を滴り落ちた紅い雫が、ハーヴィーの襟元を濡らしていた。
悪びれもせずにシャツのボタンを外しにかかるロイクに小さな笑みを零し、ハーヴィーはテーブルの皿へと手を伸ばした。小さな丸い包みをくるりと剥いて、口の中へと放り込む。
「ロイ」
「うん?」
僅かにあがった頬を両手で挟み込み、ハーヴィーはロイクへと口づけた。開いた唇の隙間へと、口に入れたばかりの塊を舌先で押し込んでやる。
「っ…?」
あっさりと離れたハーヴィーに、ロイクは些か不思議そうな顔をした。
「甘い……キャンディー?」
「チョコレートのお返しだ」
「なら、キミも一緒に食べてくれなくちゃ」
長い指が飴玉をひとつ、皿の上から摘み上げた。
END
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