剥がれていく、剥いでいく

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──夜の街の灯りの海にあぶくとなって消えるのならば。星となり空に還ることも出来ず、誰にも認められることもなく、静かに生を終えるのならば。最後にこの世界に引っ掻き傷のひとつもつけてから消えたくもなるだろう。例えそれが誰かの心に残る消えない傷としても、それでも、俺のことを忘れずに居てくれるのならそれでいい。真っ暗な部屋のなかで俯いて、床に視線を落としたまま呟いた。 「……誰かに忘れられる苦痛と、誰かに傷を残す苦痛。 どちらがよりその『誰か』を苦しめるんだろ」 人の気配のしない部屋の中。机の上に置いたスマートフォンからは、無機質な呼び出し音が鳴り続ける。 電話の相手が出る気配は、ない。 「……最後に、会いたかったな」 俺は通話終了ボタンを押すと肺の底から押し出すような深いため息を吐き出す。最後に一度だけ会えたのなら止めてもらえる気がした、自分の、考えを。 そのままの自分で良いと言ってもらえるような気がしていた──希望はいま、打ち砕かれたわけだが。 俺は明日、幾年も慣れ親しんだ顔を剥ぐ。嫌で嫌で仕方無かった顔を消す。 そうして今の自分を消す。今の自分を消し新しい自分になって、また日々を歩み出す。 ──決意したこと自体に後悔は無い。馬鹿にされ蔑まれた俺から生まれ変われる、それは何よりも幸せなことだ。悪意、侮蔑、屈辱。それらから逃れることが出来るならどんな苦痛だって耐えられる。……ああ、だが。でも。もし最後にひとつだけ欲張っても良かったなら。 「誰かにそのままでいい、って言われたかったな」 誰でもいいわけじゃない。誰かひとりだけに認められていたら、それだけで良かった。 真っ暗な部屋のなか、俺はゆっくりと目を閉じた。 心は決まった──明日、俺は俺を消す。
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