伊地知鷹音という男

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「誰一人辞める事はありません。全て引き受けてくれると契約してあります。これ以上借金を増やしてあがくよりも今手を打ったほうがいいのです。社員たちのためにも」  お婆さんは唇を噛み締めると俯きかけていた顔を上げた。  意志の強い凛としたお婆さん。厳しい人ではあるけど、深い愛情を持つ人だ。  女帝と呼ばれて恐れられ、権力を握り続けている。  だけど、今は儚げな雰囲気を纏っている。 「会社の合併の条件のもう一つは伊地知家の企業撤退です。だから、あなたは……職を失うことになります」 「……クビですか?」 「クビとは違いますが、失業です。再就職はすぐに用意できますから……」 「ああ、いいです。自分で何とかします」  それだと『七光り』と言われるだろう。  伊地知家から開放されるのなら俺の知らない、俺を知らないところへ出て行きたい。 「そうですか。愛音のように海外へ行きたいのなら手配ぐらいはしますよ」 「いいえ。自分で探します。一人暮らしがすぐに始められるほどのお金は持っています」 「そう……」  お婆さんは少し寂しそうに見えた。
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