伊地知鷹音という男

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 人生の全てを捧げて来たともいえる会社を手放すのだから落胆してもしょうがない事だろう。 「あなたも去ってしまうのですね」 「え、いえ、そんなすぐには出て行かないです」  慌てて否定した。 「初音が……来週来るんです。あなたも会いませんか?」 「兄は……どうして来るんですか?」  今の会社の合併と何か関係があるんだろうか。 「今回の合併の話は……初音が持ってきたんです」 「え? 何で?」  伊地知家から資財を奪うためだろうか。  伊地知家を捨てて、一度も帰ってくることも無く、今更やってきて会社を乗っ取ろうとするなんて……。 「俺は会わない」  会いたくない。 「今更現れて会社を奪うなんて……お婆さんは悔しくないんですか?」 「鷹……」 「俺はずっとここで兄が帰ってくるまでの留守番で、逃げることも許されなかったのに、今更っ、今更帰ってくるなんて」  グッと膝に置いた両手を握り締めた。 「初音が帰ってこないのは私が追い出したからです。それに、初音は……何も知りません」 「え?」  追い出した?
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