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お婆さんは顔を上げると肩に置いた俺の手を握り締めて、そして俺を抱き締めた。
事実を偽って、真実を見失っていたということだろうか。
伊地知家の長男として育ってきた。真実を知っていながら。
いつ現れるか分からない『兄』の存在を意識しながら。
それが真実ではないことを知った。
兄は何も知らなかった。
これまでの自分の思いと真実が心を乱した。
考えれば考えるほどに混乱する思い。
一週間はあっと言う間に過ぎた。
会談が行われるホテル。
真実を知るために俺は会うことに決めた。
お婆さんに付き添ってホテルに一緒に行った。
ホテルの会議室。ずらりと並ぶ役員たち。その半数以上が伊地知家だ。
俺がお婆さんを伴って中へ入ると社員たちは恭しく頭を下げた。
数時間の会合の後、数人の役員だけが残された。
「初音の存在を隠すために、信頼の置ける人間だけを出席させるから」
お婆さんはそう言って、自分はホテルの部屋で待機していた。
俺は叔父の誠治社長の横に立って会談に出席した。
初めて見た時谷兄弟はとても威圧感があった。
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