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この頃。
父さんの会社は、ちょっとしたピンチを迎えていたらしい。どんなピンチかは詳しく教えて貰えなかったが、どこか外国の企業に買収されそうになっていたようだ、なんて話を後になって聞いた。経営自体かなり傾いていて、買収されずに持ち直すためにはどうしたらいいかと、社員たちはあっちにこっちにと走り回っていたようだ。
そりゃあ、お父さんも呑気にお花見なんかしている場合じゃなかったのだろう。係長だったから尚更に。
当時の私はそんな細かいところまでわからなかったが、父さんが私達家族のために働いてくれていることは知っているし、会社が危ないというのもなんとなく察している。春に旅行どころかお花見にも行けなかったとて、文句など言うべきではないとは理解していた。
それでもだ。
「今度の土曜日、●●園にお花見に行くことになったんだー」
友達のナオちゃんがそんな話をすると、ちょっと胸が痛くなるのは事実。
桜がそこまで好きなわけではない。でも、毎年お花見という家族イベントそのものを楽しみにしていた身としては、あまり聞きたい話題ではないのも事実だった。
「良かったね、楽しんできなよ。うち、お父さんが仕事忙しすぎて、今年は行けそうにないからさ」
「え……ご、ごめん、マリカちゃん」
「いいよいいよ。こういうのはしょうがないし」
ナオちゃんがしょんぼりするので、私は無理に笑顔を作って言った。つい口に出してしまったことを後悔する。彼女に悪気がなかったのは間違いないし、お花見を楽しみにする気持ちに水をさしたいわけではなかったのだから。
――そうだ、今度……ナオちゃんも公園に誘ってみようかな。
思い出したのは、昨日通った桜の公園である。
ナオちゃんにも少し遠回りをさせてしまうことになるが、彼女も家は近いのだ。一緒に桜並木の道を通って帰るだけでも、ちょっとしたお花見気分は味わえそうである。
彼女はミニバスに所属している。バスケットボールの練習がない日でないと一緒に帰ることができない。今度ミニバスの活動がない日に誘ってみようかな、とそんなことを思ったのだった。
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