おじさん、おじさん。

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 ***  やはり、彼等は相当な暇人に違いないらしい。  何故ならば最初に私が彼等を見かけてから、連日でお花見を続けているのだから。確かにこんな見事な桜が咲いていたら、どんちゃん騒ぎしたくなるのもわからないではない。しかし、小学生が帰宅するような時間帯である。まだ日も落ちていないこの時間から、よくまあ会社員の人達が仕事をほったらかして大騒ぎできるものだと思う。 「あーらよ、えーらよっ!ほい、ほい、ほーい、おいでませぇ!とーこーよ!いざなえ、いざなえ、あらよいさ、とーこーよっ」  一体、彼等を目撃するようになって何日が過ぎたのか。  おじさんは今日も仲間たちの中心で意味不明な踊りをしている。そしてひとしきり踊ると、最近はそれを見ている私に声をかけてくるようになったのだった。 「やあ、お嬢ちゃん。そんなに気になるなら、お嬢ちゃんも混ざる?」 「え。え?いいよお、私は」  名前も知らないおじさんだが、声は優しいし態度も柔らかい。周囲を囲む会社員の人達の中には、真面目そうな若い女性もいる。  そのためか、おじさんに声をかけられても私はさほど警戒せずに受け答えができていたのだった。 「う、歌うのも踊るのも下手だし。……ていうか、おじさんたち、毎日お花見してるけど、お仕事しなくていいの?」  私がそう問いかけると、いいんだよお、とおじさんはカラカラ笑った。  最近は、お前も混ざらないか、と冗談交じりに誘われるようになっている。私もちょっとだけ楽しそうだと思い始めているのは事実だった。 「あたしらはいいんだよお。ここで、お花見するのもあたしらの仕事だからね、がっはっはっは!」  おじさんはちょっと出っ張ったお腹を揺らしてからからと笑ったのだった。 「歌ったり踊ったりするのは苦手か!じゃあ、お喋りしよう。それならいいだろう?ほら」  どうやら、おじさんは子供が好きらしい。  ずい、と私にお菓子の入ったお皿を差し出してきて言う。 「一緒にドーナツ食べよう。そこのコンビニて買ってきたやつだが、絶品だぞ」 「う」  少し、心が動いた。お皿にこんもり盛られた、ミニサイズのドーナツ。間違いない、私が一番好きなおやつの一つだった。口の中でとろけるチョコの味とふんわり触感がたまらないのである。こう勧められたら、ちゃんと給食食べたのにお腹がぐう、と鳴ってしまいそうだった。  こっそり食べるだけなら、親にもバレないだろうか――いや、しかし。 「だ、駄目だってば!し、知らないおじさん達についてっちゃいけないんだから!ご、ごめんなさい!」  ぎりぎり、持ちこたえた。私はぶんぶんと首を横に振る。 「そうかい?残念だねえ」  おじさん達は無理強いはしてこなかった。ちょっぴり残念そうに笑って、また宴会に戻ってしまう。  あちらを向いて、おじさんは軽い口調で言ったのだった。 「じゃあまた明日ね。興味があったら、いつでもおいで」
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