演じられた関係

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 しかし、長らく続く肉体の関係は、いつの間にか相手の過去と現在とを無理やり繋ぎ合わせようとする不遜なまでの紐帯を理恵に抱かせた。彼女は興信所を使い、安岡の結婚歴の有無を調べたのである。  予想はしていたが、安岡は一度離婚していた。だが、彼女にとって、それは決して忌避(きひ)すべきことではなかった。むしろ、自分からプロポーズしやすくなると気を良くした。それからだった、理恵の俯き加減の表情に一閃(いっせん)の亀裂が入り始めたのは。安岡の寡黙に乗じて彼女は、徐々に人前にも憚らずズケズケと喋るようになっていった。しかし、それは肉体関係を持った男の記憶から、先妻の記憶を消し去りたいという無謀な、不可能を承知の、幾度も婚期を逃した、これからも長らく続くであろう肉体関係を担保にした、この中年に差し掛かった女(ゆえ)の焦りの行為でもあった。
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