4人が本棚に入れています
本棚に追加
桜木町駅で電車を降りると、安岡芳郎は松木理恵と落ち合うためにランドマークプラザにあるコヒーショップに行った。安岡にとって理恵は、前の会社で知り合った心を許せる唯一の交際相手であった。とは言え、自分が勤めている会社の仕事にぼやき、いつも俯き加減の女の姿を見ると、鬱陶しくもあり、もうそろそろ別れ時ではないかと安岡は感じていた。
「遅かったわね。約束の時間を三十分もオーバーしたわよ。何も連絡がなかったけど、それで就職先は決まったの?」
それは、相変わらずの面倒臭さと気難しさ、それに倦怠を色増しにした女の低い声の口調であった。ようやく就職先が決まった今、安岡には、こうしたマンネリの交際は暑苦しくてならなかった。
「やっと、俺を拾ってくれる会社があったんだ。何かと心配かけて済まなかったな」
安岡は、いつもと変わらず寡黙気味な面持ちで答えた。無表情を装いながらも過度の期待を隠せないでいる女の眼差しを避けるにはそれしかなかった。それもそのはず、二人の付き合いは殆ど寡黙から始まっていたのだ。
最初のコメントを投稿しよう!