1話 桜と僕ら

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1話 桜と僕ら

 桜舞い散る花見月。昼間の陽射しは頬を桜色に染め上げる程に暖かいが、日が沈むと日中温められた空気が冷め、途端に気温は下がる。少年は指先が(がく)のように赤くかじかむのも構わずに、夜の桜並木を独り歩いていた。  月明かりが作る桜木のシルエット。何かを避けるようにして、たんったんっと踏んでいく。しかし、一つ二つ、三つと越えた所で足の踏み場が無くなった。先に進みたいのに、これでは進めない。困った少年は立ち止まり、しゃがんで足元をじぃーと見る。そこには、散り落ちた花弁が少年の行く手を阻む砦のように積もっていた。昼間の花見客の名残りだろうか、薄桃色だった花弁はくちゃくちゃに踏まれて茶色く変色している。少年は両手で(すく)い上げ、役目を果たした彼女らを労るようにして黙祷を捧げた。 「あ!やっぱりここにいた!!」  少しだけ遠くから声が掛かる。彼もまた、たんったんっと散り落ちた花弁を避けるようにして桜並木の影を越え、花弁の砦の前にしゃがむ少年の後ろで立ち止まった。少年は「あは、見つかっちゃった」と振り返り、はぁはぁと切らした息を整える迎人(むかえびと)を見上げた。 「はぁ…当たり前でしょ、君の考えている事なんて皆お見透しだから」 「うん、僕も君が今考えている事わかるよ」  要領の得ない返答をし、尚もしゃがんで散り落ちた花弁を見る少年。  同居人を連れ戻しに来ている手前、こんな寒空の下でいつまでも油を売っているわけにはいかない。わかっているなら言わなくとも行動に移して欲しいと思いながらも、そんな少年のお気楽な態度に呆れた迎人は帰宅を促す事にした。 「じゃあ早く帰ろう、皆心配してるんだからね。こんなところにいたら風邪引いちゃうよ、……って本当にわかってる??」  しかし、帰宅を催促されても少年は動じない。手に(すく)った花弁をただ無言で見つめる。いつまでも帰る素振りを見せない少年に迎人が言葉を続けようとしたところ、やっと口を開く。 「「僕たちは病気に弱いから……」」  少年と迎人の言葉が重なる。 「あは、ハモったね」 「もう…わかってるなら早く帰るよ!!」  振り返り、にへらと目を細める少年に堪忍袋の緒が切れた迎人は手を引いて来た道を戻る。「えー、もうちょっと見てようよ〜」と尚もへらへらする少年を無視して皆の待つ施設(いえ)へと足を運ぶ。  迎人に従って帰路につく少年。寒夜風(さむよかぜ)が二人の柔らかい前髪を崩す。飛び散る花粉のせいか髪が(きし)み、整えようと撫で付けた手櫛がつっかえる。その動作は二人とも同じタイミング。迎人も自分と同じように前髪を(いじ)る様子を見た少年は、思い出したかのように口を開いた。 「知ってる?日本の桜の殆どはクローンなんだよ」 「ふーん」  迎人は乱れた前髪を整える事に夢中だ。同じく前髪を弄るのに夢中な少年は、迎人がこの話題に興味が無さそうな事に気付かず言葉を続ける。 「桜はね、大昔に観賞用として美しい花を咲かせる優秀な遺伝子を掛け合わせて作られたんだ。そこから代々、人の手によって育った木から切った若い枝を土に()し、発根(はっこん)させて1本の木へと成長させて繁殖してきた。だから遺伝子が全部同じ………」  "遺伝子が全部同じ"  手を止めた二人の淡い茶色い瞳が交わる。その刹那(せつな)、ぶわっと旋風(つむじかぜ)が巻き起こり細枝を揺らす。舞い散った花弁の一つが二人の視線の交差点となり、両者の瞳に映り込む。迎人は視線を逸らし、肩を抱いて己の二の腕に爪を立てた。 「ねぇ、クローンのデメリットは君ならわかるでしょ?」  問われた迎人は静かに頷き口を開く。問うた少年も同じく。 「「病気や環境の変化に弱い」」  二人の少年の言葉がまた重なる。 「あは、またハモった」 「ねぇ、やっぱり少しだけ見ていかない?」  少年の桜の説明を聞いて気が変わったのか、少年は花見をしようと持ち掛けた。元々花見をする為に一人で施設(いえ)を抜け出した少年は満面の笑みでコクコクと頷く。  そして二人はまた来た道を引き返す。  寒さが残る春寒(しゅんかん)の夜、二人はたんったんっと散り落ちた花弁を踏まないように飛び越え、合せ鏡のようにどこまでも続いているように見える桜並木を眺める。 「すっかり春だね」 「そうだね〜」 「「桜って僕らみたいだね」」 「「あはは!またハモった」」  桜の木の下で、言葉が被った事を笑い合う二人の少年。夜風に乗せられた笑い声は録音再生されたかのような同じ音色。月明かりに照らされたその体躯(たいく)顔貌(かおかたち)は複製された人形のように似通っていた。
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