タカムラ見聞記 米騒動

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 これでタカムラは一つの時代の節目を見届けたと感じていた。そこで現世の名残として、年が改まった後に積雪があった寒い日の早朝、単衣の上に褞袍を着た人形(ひとがた)に身形を整えた。タカムラの向かう先は、菅原道真を祀る社となる北野天満宮である。往時、タカムラは朝廷における学者として自らの地位を、道真が襲業したかのように思っていた。ところが時の権力者に疎まれ、九州へ左遷された後に命脈を終わらせた。そのことが、若くして権の中枢に立たされた家茂に被さる思いを抱いた。僅かに雪の残る千本通りを南に進み、五辻通りを西へと向かうと、やがて正面には北野天満宮が見えて来る。石畳の参道に入ると木々の梢に雪を残すが、道には降り積もった雪が溶けている。桜門を潜り、次に三光門を抜けると、正面には豊臣秀頼が造営した絢爛豪華な唐破風が迎える本殿となる。この境内には、道真が九州太宰府に左遷された折、一夜にして太宰府まで飛び去った謂れがある飛梅が雪の陰に赤い花を咲かせていた。この花を暫く見つめていたタカムラは、かつて詠んだ歌を懐かしく思いだしている。 「花の色は 雪にまじりて 見えずとも かをだににほへ 人のしるべく」  往時、何を思ってこの歌を詠んだのか正確には思い出せずにいた。然しながら、現世の余韻となる花見で家茂や道真を偲ぶのに、雪に紛れた花を見ながら、匂いだけでも我に感じさせて欲しいと願っていた。  この騒乱は、この後に戊辰戦争を巻き起こし、江戸幕府が解体して江戸城開城へと繋がるが、米価は下げに転じていた。  冥界に戻ったタカムラは、再び閻魔大王の下で亡者の六道への差配を委ねられていたが、相次いで訪れる攘夷や倒幕の志士、それと幕臣にも心を痛めていた。
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