田舎の山桜

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田舎の山桜

 長野県の佐久地方は春が遅い。  東京の桜が終った4月。まだ梅も咲いていない。  4月も終わり、ゴールデンウィークが近づくころ、野山も庭も一遍に芽吹き始めるのだ。  梅、桜、こぶし、アカシア、藤、レンギョウ、雪柳、つつじ。  みんなが一斉に花を咲かせ、野山は賑やかになる。  でも、皆、わざわざお花見に出かけたりはしない。  農家が多い、この土地では、この季節は春の田んぼの始まる時期でもあるのだ。  誰もがみな忙しく、田んぼを耕し、水を張り、お田植の準備をする。  樹々の花は勝手に咲き乱れ、住んでいる人たちは、春がようやく来たと、花々を遠目に眺めながら農作業に精を出す。  里山の下の方に咲いている桜は、忙しいながらも皆、良く眺めながら通り過ぎるのだが、その桜よりも少し遅く咲き始める山桜は、誰も入ってこないような山の中にポツン、ポツンとその姿を見せ始める。  ソメイヨシノではきっとないだろう、山桜は葉っぱから先に出て、その後に花が咲いてくるので、他の花よりも少し遅く花を咲かせる。  里山の中腹に点々と不規則に見える山桜を、農作業をする人たちは遠くから眺めて、今年も春が来たと、感じるのだ。  きっと、あの山桜の下では、里山に住む鹿や、熊や、タヌキたちがお花見をしているのではないだろうか。    みんな、一人一人、家庭ごと、地域ごとのお花見がある。  今年のお花見はどんなふうになるのだろうか。  まだ花芽も膨らまないこの時期からお花見に興を寄せる私たち日本人は、きっと世界のどの国の人よりも幸せなのだろうと毎年思うのだ。 【了】
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