一人で見る桜

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一人で見る桜

 私、小林 美桜は小さい頃から、自分の家のお庭でのお花見しかしたことがない。  小さい頃に、心臓が弱いと言われ、安静に安静に過ごすよう言われた。  家は昔からの財閥でお金はある家だったので、病院にもきちんとかかったが、生来のもので、手術などでも治るものではないと言われた。  小学校の授業も家で家庭教師をつけてもらった。無理のない範囲で勉強した。学校には事情を離して中学校までは普通に卒業できた。  高校は通信制の高校に入り、卒業検定を受けた。  それ以上の経歴は、一生働くことのできない美桜には必要ないだろうという事で、勉強も打ち切られた。  小林家の庭は、とても広い。美桜はその名前の通り、桜の季節に生まれた。  毎年お誕生会を庭にある桜の花の下で、家族と一緒に祝ってもらった。  周囲はみんな大人ばかりで、子供はいつも美桜一人だった。  でも、その家族も段々と数を減らし、今、家に住むのは70歳の美桜だけになってしまった。  婿養子ももらったのだが、心臓の弱い美桜よりも先に癌で亡くなってしまった。財産は美桜が困らない程度は十分に残され、一人で生活できなくなった時には、入る施設も決まっていた。  夫婦二人きりで庭の桜の下でお誕生日を祝ってもらったこともあった。  庭の外にはきっともっと沢山の桜の木があるに違いないのだが、美桜は、見慣れた庭の桜の木の下で、自分のお誕生日を祝う。  いつもいるお手伝いさん達もその日はお休みを取ってもらった。  美桜は自分の心臓がもう悲鳴を上げているのをずっと感じていた。  お花見の頃はいつも、まだ少し寒いので、美桜のお誕生日は一番暖かいお昼の時間に2時間ほどお花見をして、後は桜の見える室内に移動していた。  その年、美桜はお庭の桜をずっと見ていたいと思ったのだ。  死ぬ前に一度、夜桜というものをみて見たかったのだ。  その日は昼間から良く晴れ、昼間の庭の桜もとても美しかった。美桜は保温ポットに暖かい紅茶を入れ、いつも桜を見上げて座れる揺り椅子の上に座った。首を預けると桜の花が頭の上で揺れるのがよく見えるのだ。  やがて、春の日は落ちて、気温はどんどんと下がっていった。  闇が近づいてきて、昼間ピンク色に揺れていた桜は、夜の持ち物に変わった。  ぽっかりと闇夜に浮かんだ白い花びらたち。 「あぁ、なんて美しいの?もっと早く見ておけばよかった。」    背景が春のかすんだ水色の空から漆黒に変わった時、桜の花の色もまた姿を変え、花に触れたそうに手を伸ばしたあと、ぱったりと手を落とした美桜を濃い桜の香りが降りてきて、そっと包んで、その一生を空に持ち帰った。    
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