おまじないってお呪いって書くよね? 前編

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 紅二はモテる。はっきり言ってモテる。  背が高く、体格もいい上に、男らしいきり。っとしたイケメンだ。その上、将来有望な特戦科。まあ、正直、座学は微妙だけれど、集中力はすごいから真面目に勉強すればスレイヤー試験程度の勉強なら問題ないだろう。  その上、人が良くて優しい。困っている人を放っておくことができない。浄眼を持っているからなのか、人の心の動きにとても敏感で、辛くても声を上げられない人の心に寄り添うこともできる。外観以上に性格イケメンだ。  だから、モテる。  先月。バレンタインデー。紅二は(結婚式の引き出物かってくらいデカいサイズの)紙袋二つ分のチョコレートを貰って帰って来やがった。あげると言われると、断れなかったらしい。もちろん、紅二自身がチョコをくれた相手に恋愛感情を持っているわけではない。  本人曰く……。  本気の人なんて殆どいないよ。  だそうだ。それが、ただの予測なのか、浄眼で見た本心なのか、燈には判断がつかなかった。大体、浄眼と言えど、人の心まで読むことなんてできない。ただ、口で言っていることが、嘘か本心かは、分かってしまうとか、しまなわないとか。そんな都市伝説を信じてしまえる程度に紅二は人の心の動きに敏感だった。  相手の本気度はともかくとして、フリーのイケメン高校生がバレンタインにチョコを貰ってこないなんて、まああり得ない。  それなのに。  だ。  燈が紅二にあげたのは、一袋298円のキャンディー型チョコ、三粒。しかも、『あーちゃんはくれないの?』と、紅二に催促されて、『しかたねーなー』的にあげただけだった。  本当は、チョコを用意してあった。けれど、紙袋二つ分のチョコはその半分以上が手作りで、何とか目に止めてもらおうと必死な思いが伝わってくるような可愛い包装に身を包んでいた。だから、ちゃんとしたところで買ったし、代金だって命がけ(?)のバイト代で払ったから恥じることなんてないんだけれど、なんか負けた気がして渡せなかった。  それで、照れ隠しで渡したのがアル〇ァベットチョコ三粒。ひどすぎる。  しかも、そんな三粒のチョコを握り締めて、紅二は嬉しそうに笑った。  その上。だ。  紅二は、『スイさんが教えてくれた』と、手作りのチョコをくれた。『あーちゃんには一番大きいヤツあげるよ。甘いの好きだよね?』と、満面の笑顔で。ただ、手作りのチョコは燈のためにというよりも、翡翠をはじめ同居している全員に配ったらしい。燈のために作ったのではないことが、せめてもの救いだった。と、言いつつ自分のためでなかったことが少し残念だと思ってしまうあたり、思考の渋滞っぷりが末期的だ。  てか、もう、情けなくて恥ずかしくて、涙が出た。  だから、せめて手作りのチョコのお礼を返したかったのだ。  別に紅二の彼女面(?)して、女の子に返礼品を配ろうとしていたわけじゃない。  大体、紅二は燈の気持ちなんて気付いてもいない。少なくとも、燈は紅二の初恋の人が誰なのかも知っているし、その人のことが今も好きなのかはわからないけれど、その人と自分があまりに違っていることも知っている。  だからと言って、気持ちは変えられるわけでもなく、一か月悶々として過ごした。 「燈」  不意に名前を呼ばれ、燈ははっとした。 「混ぜすぎ」  そ。っと、翡翠の手が燈の手に触れる。燈の手を止めさせるためだけれど、まるで、慰めてくれているようだと思う。細い指先はいつも通り少し冷たい。それに、いつも通り綺麗だ。 「あ。ごめん」 「作っているときは、余計なこと考えない」  責めているというよりも、優しく諭すように翡翠は言った。 「考えるとしたら、食べてくれた人が笑ってくれる顔とか、喜んでくれる顔だけ」  何を考えていたのか分かっているよ。とでも言っているように、翡翠は微笑んだ。だから、うん。と、言葉には出さず頷く。 「でないと……俺が作ったみたいに全部苦くなっちゃうからな」  少し自嘲気味に言って、翡翠は焼き型を出すためにくるり。と、背を向ける。  この店自慢の日替わりスイーツ。大人の味だと評判だ。その味は甘くて、けれど、どこかほろ苦い。何か考えながらそれを作っているのかと考えると、胸が痛む。 「スイさん。ねえ。これでいいの?」  そんな思いを吹き飛ばすような明るい声。紅二だ。どうやったらそうなるのか顔には派手に粉を飛ばした跡がある。その笑顔になんだか救われたような気持ちになる。 「ああ。うん。それで十分。じゃあ、型に入れようか」  紅二の言葉に振り向いた翡翠はいつも通りの表情に戻っていた。
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