転生後の日常

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転生後の日常

 パンダは勢いよく木の扉を蹴り上げると、私たちを家の中に乱雑に放り込んだ。  中には干し草や枯れ草がたっぷり敷かれており、ふかふかの布団のようである。 「ここは?」 「民家だったようだが、今は誰も住んでねぇみたいだから俺のすみかにした。お前たちもしばらく住むといい」 「あ、ありがとうございます……?」 「助かるよ……」  何故パンダが喋っているのか気にはなったが異世界モノではあるあるなので気にしないことにした。  木造の掘っ立て小屋は二階にも上がれるが、二階にはパンダの食糧である竹を確保しているから使えないらしい。 「お前ら小さいし、そのへんで雑魚寝でいいだろ。あ、間違っても子供増やすなよ? キーキーうるせぇやつはもう充分だ」 「増やしません」 「人間が産まれるまでって結構長いしね。それまでには僕たちと別居してるんじゃない? 大丈夫大丈夫」 「だから増やしませんって」  十畳くらいありそうな部屋は、大人が二人で住むには大きくはないが狭くも感じられない。テーブルがなければ棚もテレビも冷蔵庫もないから、現代から比べるとずいぶんと殺風景な居室だ。 「つまらねぇか? まぁ我慢してくれ。娯楽がなければイチャイチャすればいいし」 「……」 「竹を切って色んな道具を作り出せば、そこそこ住みやすくなると思うぜ」  パンダは得意気に言った。  周囲には水が湧き出て、耕作に適した土壌もあるということだ。共に転生したと思われるパンダは周辺のことをずいぶんと知っている。 「もしかして、異世界に来たのは初めてじゃないんですか?」 「こんなこと何度もあってたまるか」  パンダは竹をむしゃむしゃ噛みながら答えた。 「お前らより少し早く目覚めたんだ。数ヶ月ほどな」  ゴクンと飲み込むと、ふぅとひと息ついてゆっくり目配せした。 「俺が目覚めたとき、お前らは赤子だった。俺が世話してやったんだ。感謝しな」 「赤子?」 「そうだ。このくらいな」  パンダは長い爪の指で小さくつまむような仕草をした。いくら何でも、人間はもう少し大きく産まれてくる。 「俺たちは“転移”じゃなくて“転生”……つまり、姿かたちそのままに別世界に生まれ落ちたのだと思っている。か弱い声で泣く何もできねぇお前らを放って置けねぇから、ヤギの乳見つけてはちょっと頂いて、人間の女の見様見真似でそのへんに放置してあった布に含ませてあげた。大変だったわ、この歳で子育てなんかすると思わなかった」  私はパンダに育てられたらしい。 「だが、乳飲み子時代はすぐに終わったから助かった。お前らは光の速さでどんどん成長したんだ。一晩ごとひとつ歳を取り、一ヶ月もしないで今の姿になったのだ」  どこかで聞いたような昔話のような話である。しかも出生地竹藪だし。 「全然記憶にない……」 「僕も、高校生だった頃の過去の記憶しかないよ」 「そうだな。俺もなかった。深い眠りについたあと、目覚めたら走馬灯のように一気に流れ込んで来たんだ。自分はパンダにしては有能だと自負していたが、昔は最低限の知能しか持ち合わせていなかったなんてな、軽くショックだったぜ。お前らの場合はヤンキー盗賊に襲われたときか。驚いただろう。それまでの自分が上書きされたんだから」  ◇◇◇    夜もふけ、灯りのない小屋の中で私は床についた。  小屋には布団や鍋、竈門などが残されていて、過去に誰かが使っていた形跡があった。ただし一組だけだったので、横に敷いて足や頭部の足りない部分には干し草を敷き、私たちはお互いに背を向けて横になった。  念の為言っておくが、お年頃の異性だからと言って変な気にはなってはいない。状況を飲み込むのに精一杯で、浮ついた気持ちになどなれない。きっと、先輩も同じだ。彼は疲れ果てで意識を手放している。  日が沈んだ異世界は静かで真っ暗だ。風の音や木々が揺れる音、獣たちが鳴く声はするものの、人々が活動している様子はない。 「転生だって……」  死んだら天国にいくものだと思っていたのに、私の身体は早々と第二の人生をスタートさせてしまった。  手をおもむろにグーパーと握っては開いてみる。  指や爪の形は変わらないように見えるけど、不思議な力が宿ったりしたのだろうか。  横で眠る先輩の手も、失礼して見させてもらう。布団わずかに剥いで横たわる彼の手のひらを隠し見る。大きくて骨ばった男の子っぽい骨格をしているが、やはり大きな変化がない。 「……まぁ、こんなものかぁ」  パンダは会話をしていたし、盗賊たちは魔法を使っていたように見えた。だから私たちにも何らかの超常能力が宿っていると思ったのだが、現実甘くはないようである。 「死亡不可避?」  枯れ草の枕にゴロリと寝返りを打つ。  子どもの頃から絵を描くのが好きで、好きな景色や心に残った思い出を描き何度も見返していた。全部自分を満たすためで、自分の為に描いていた。  私に何らかのチート魔法があったら、命を狙う奴らを一瞬で片付けてあとは絵を描いてのんびり暮らすのだけど、状況的に呑気なことを言っていられないようだ。 「何で転生なんかしちゃったんでしょうね……」  寝起きを立てる綺麗な顔に問いかける。  美しい彼の瞳は、モノを一瞬にして隅々まで把握し、正格に写し取ることに長けている。同じか、私以上に絵を描くことを生き甲斐にしているだろう。  私たちにとって絵は生きがいで、描くことでメンタルを保っているも同然だ。 「絵描きたいなぁ……」  前世はなんて恵まれていたんだろう。  ◇◇◇ 「悠里ちゃん、僕は川のそばの草刈るから悠里ちゃんは家の裏側をお願い」 「了解」 (ここからだとよく見えるのよね)  しばらく平和に暮らしていたが、異変を感じ始めたのは一週間くらい後のことだ。  麓の町から私たちのことを遠巻きに見守る人影がいるのに気付いた。最初は数人だったのが、毎日かわるがわるの人が見訪れるようになっていた。土いじりをしながら、聞こえていないふりをして彼らの話を傾聴する。   「ねぇ、聞いた? あそこの家、最近人入ったって」 「知らない。どんな人?」 「それがねぇ、なんと、未婚の男女らしいのよ!」 「未婚?」 「「卑猥〜!!」」  噂話は離れて雑草を刈っていた先輩の耳にも入り、思わず眉をひそめる。   「どこかだ?」   「しっ」    冷やかしに来たのは一般庶民の娘たちであろうか。アイボリーの地味めなワンピースを着てお下げを結び、布をかけた籠の中にはパンや果物が入っている。   「信じられない。儀式もしないで、いちゃいちゃベタベタ、なんて破廉恥なのかしら」  いちゃいちゃベタベタなどしていただろうか。首を傾げていると、皆に驚かれぬよう“作りもの”のふりをして固まっているパンダが小さく呟く。 「あぁ儀式か。悪い、言い忘れてた。前世で入墨を入れているのが素行不良とみなされるのと同じようなもんだ。この世界の男女は、結婚の誓いを立てるときに手の甲にお揃いの模様を魔法で焼き付ける。お前らには当然ないだろう? 法には裁かれないけど、ま、社会的にちょっとなっていうような感覚だ」  モラルに欠けているとうことだろうか。 「ふぅん」  先輩が彼女らを凝視した。 「どうも変だと思ったんだよね。異世界ものなら、世話を焼いてくれる親切な現地人の一人や二人いてもおかしくないのに、僕らにはいない。そういうことだったのか」  先輩は荒々しく言い捨てた。 「食べ物とか、自給自足ですもんね」 「そうだよ! パンダくんのおかげで生きてるけど、餓死しててもおかしくないよ!」 「がはは。オスくん良いこと言うじゃん」  戦いを挑んで来る生き物がいないという点においては平和だが、ひとつ問題が生じていた。  お腹いっぱいには程遠くて食べ物ばかり夢に見ていた。パンダが運んで来てくれる雑草や木の実だけが頼りで、人間には全然足りていないのである。空腹は人格を変える。先輩が苛立ってるのも、終わらない飢餓状態のせいだろう。 「パンダって食べたら美味しいかなぁ」 「ミョウガとかクルミとか取ってきてやってるだろ!」 「私たちは白米が恋しいの」  私はへこんだお腹に手を当てた。  “異世界来たけど飢え死にした”になったらたまったものじゃない。  一度死んだけど、再び死にたくはない。  私は先輩の顔を仰ぎ見た。 「どうしたの? 今日も可愛いね」  郷に入っては郷に従え、というのは有名なことわざである。  お腹を空かせたうえに、ろくなスキルを与えられなかった私たちに今できることはたったひとつだ。  左手を握りしめ、先輩の前に突き出す。 「先輩、結婚しましょうか」 「……え?」  先輩はキョトンと呆けた顔をした。 「もう一回言って?」 「結婚しましょう」 「ん?」 「先輩と私、とりあえず結婚すべきだと思うんですけど」  私は先輩に手の甲を向けた。意味に気付いた先輩は目を見張った。 「それは……」 「型式的にですよ」  突き出した手が小刻みに震える。こちらの世界の常識はあちらの世界の少数派だ。 「ここに模様を描いてください。先輩なら描けます」
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