謎の組織との遭遇

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謎の組織との遭遇

 何でも描ける指先が、羨ましかった。  私の少し前を歩く先輩の右手を、ずっと見ていた。 「おい、そろそろ目を覚ませや」  腰にドシッと衝撃が走る。  蹴られたような鈍い痛みと共に目を覚ますと、金髪のヤンキー風のマッチョな男がひとり、こちらを見下ろして仁王立ちしていた。 「やーん、女の子に乱暴なことしちゃ可哀想だよぉ♡」  隣では全身をピンクや黒の衣装で彩ったやたら身体をくねらせた女性が、彼の腕に絡みついている。ふくらはぎまである長い銀白の髪が印象的だ。あれだけ伸ばすのにどんなに時間がかかったのか。手入れだってものすごく気を遣うだろうに。  置かれた状況を理解できずにぼんやりと目の前の光景を眺める。  どうやら私は、意識を失っている間に別の場所へ移動してしまったらしい。 「……ここどこ? 異世界みたい」 「は?」 「髪、すごく伸ばしてるんだね。漫画とかアニメでしか見たことがないよ。サラサラでとっても綺麗」 「えー? なに? 綺麗だってぇ♡ うれしーい♡」  目を凝らしてみれば、身につけている服もなんだか違うような気がする。褐色の筋肉男は皮のベストを一枚で着ていて盛り上がった筋肉を見せびらかしているようだし、長髪美人はふくよかな胸を隠すことなくアピールしている。布の面積が絶対に少ない。  上半身だけでなく下半身もだ。女性のスカートはちょっと屈めばショーツが見えちゃいそうだし、男性の履いているロングブーツは編み上げが多すぎて着脱しにくそうだ。腰に剣を差していることから、冒険者っぽい。何で目の前に冒険者がいるんだろう……  冒険者?  私は、やっと意識がはっきりする。  冒険者って、何だろう。  日本に生きてて冒険者と遭遇することなんてない。稀に冒険に繰り出す者はいるが、登山家や探検家、なんて呼ぶのではないか。  改めて周りを見渡すと、私は竹やぶの中に寝転がっていた。鬱蒼とした山の中には、金髪マッチョとベタ惚れ美人の他に、私──相模悠里とひとりの男性、そして一匹のパンダが倒れていた。  男性の顔には見覚えがある。男性にしては伸ばした髪に、真っ白な肌。譲って欲しいほど長い睫毛の下には、澄んだ黒い瞳があるのを私は知っている。 「──先輩! 律先輩!?」  咄嗟に身体を揺らせば、先輩はすぐに目を開けた。 「……ん……悠里ちゃん……?」  東宮律は、高校の同じ部活の先輩である。中性的な顔立ちで女の子にそこそこ人気があるが、何故か私に懐いてくる不思議な男だ。派手さはないけど隠しきれないオーラがあり、狙っている女の子も多いという噂だ。近づくと余計なことに巻き込まれそうだから、学校外で二人で個人的に会ったことはない。  それなのに、何故今竹林で奇妙なことに巻き込まれているのだろう。 「これは何? なんで僕たちこんなところにいるの?」 「分かりません」 「もしかして誘拐された? 悠里ちゃんがあんまり可愛いから、僕を殺して悠里ちゃんを売り飛ばす気だな」 「それはないと思いますけど」  こんな状況なのに、先輩は呑気に阿呆なことを言う。誰が見ても美しいのは先輩の方で、私など引き立て役だ。 「うーん、だとしたら……」  律は談笑している派手な二人組をチラ見すると、私と同じ考えにたどり着いた。 「異世界とか?」  予想していたけど、心臓がドキリと跳ねる。 「やっぱり?」 「うん。だって、なんかおかしくない? 上手く言えないんだけどアニメの世界に入り込んだみたいだから」 「……」  私たちは死んでしまったのだろうか。  多くの場合、一度異世界へ召還された人間は戻って来ることはないのが異世界物語のセオリーだ。来てしまった以上、腹をくくって適応するための対策を練るしかない。  現代の世の中には『創作物の世界』という、にわかには信じ難いパラレルワールドも存在する。自分がストーリー上のモブである可能も充分にあり、殺される運命の可能性も孕んでいるのだ。  避けたい。  ゴクリと唾を飲み込んで二人組を見上げると、白銀の髪の女性はツンツンとパンダをつついていた。  私や先輩と一緒に転生したと思われるものの、パンダはまだ目覚めていないようだ。  白と黒の模様をした大きなジャイアントパンダは、竹の木にもたれかかるように気絶している。白い毛が若干くすんでいるが、ふわふわで気持ちが良さそうだ。  私にも少し触らせて欲しい。  そっと指を伸ばすと、パァンと空気に切れ込みが入った。 「え……?」 「悠里ちゃん!!」  先輩は咄嗟に手を伸ばして、私の身体を腕の中に抱え込んだ。 「な……何? 今の……」  心臓が途端に早く打ち出す。悠長に話している余裕なんてなかったのだ。 「話は済んだか? いつもだったらさっさとやることやるんだけどよ、辺境の地から来たであろうお前らにはサービスしてやったんだ。そろそろタイムアウトだ。手につけてるモン、渡してくれるかぁ?」  金髪の男は先輩の手首に視線を落とした。  先輩の左手には前世から身につけていたままであろうスマートウォッチが光っている。ディスプレイの時計はエラーを起こして、緑色にチカチカと点滅している。 「……駄目だと言ったら?」 「奪い取るなまでだな!」  男は細剣を抜き、剣先は再び空を斬った。シュッと風が動く音がして戦慄が走った。 「この先、何があるか分からないから時計は取っておいた方がいい。高く引き取ってくれるかも知れない。僕たちには食糧も家も何もない」  先輩がボソッと呟く。  途端に怖くなって来て、指先がガクガクと動き出した。 「死ぬかも……知れない?」  震える手を落ち着かせようと、私は彼のシャツの裾を握りしめた。 「大丈夫。僕がいるよ」  先輩は後ろを振り返って、私の背中をポンと叩いた。彼の細い背中が頼もしく見えた。 「先輩、隙を見て逃げましょう。幸い、私たち二人ともアースカラーの目立たない服を着ています。竹林に紛れ込めばなんとかなるかも知れません」  前後左右、背の高い竹の木が生い茂っている。  高校で絵画部に所属していた私たちは、お世辞にも運動神経が良いとは言えない。走ったところですぐに捕まってしまうのがオチだから、最初から隠れるに重点を置くべきだ。  私は先輩に目配せをした。  (お互い反対方向に走って、竹やぶに溶け込む。明日の同じ時刻にここで落ち合いましょう。髪留めを土に軽く刺しておきます。これを目印にして、再会しましょう)  上手くいくとは限らない。  だが、少しでも生きられるなら可能性にかけてみるべきだ。 「ていうか〜」  突然、パンダに触れていた銀髪の女が口を開いた。 「この生き物、何ていうの〜? これが完成形? 大きいのにふわふわで、奇妙なモンスターね」 「……パンダですけど」  やはり異世界に来てしまったのだ。パンダを知らない成人女性など、絶滅危惧種だろう。 「ふーん……」  彼女はパンダの周りを行ったり来たり、何度も注意深く観察している。そんなに珍しいのだろうか。日本人だった私には理解しがたい。 「おい、その辺でいいだろ。日が暮れるぞ」 「あーん、重くて持って帰れない〜!」 「邪魔だ。置いとけ」 「だってぇ〜、興味あるのにぃ。こんなにモフモフで可愛いのにぃ、これ見てぇ。この子男の子なんだよ? どんなふうに愛を囁くのか気になるじゃない」  気にはならない。  筋肉男の方も同様のようで呆れて目を逸らしたが、女性は意に介することなく瞳を輝かせた。 「そうだぁ! 君たちこの動物の生態に詳しいんでしょう? この子の営みを再現してみてよ♡」 「……再現?」 「そうよ」  女はニヤリと広角を上げて、先輩の前に立ちはだかる。 「あたし、今すごく愛の交歓が見たい気分なの……♡可愛いぱんだくんの熱情はどんなものかしらって……さっきから頭から離れないの♡♡」  嫌な予感がする。  無表情の先輩の顔も、心なしか引きつっている気がする。 「ねぇ、君。発情期のぱんだくんになりきって♡ お・ね・が・い♡」  
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