すべてのはじまり②

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すべてのはじまり②

   前触れはあった。確かに。  それまでは何もかもが順調だった。     大知はフツーのサラリーマンだが、そこそこエリートな部類だと思うし、結構モテるし、困ったことがあれば、よろしく頼むとお願いしてやればオールオッケー。  仕方ないなと呆れられても、上手く立ち回れば無理は引っ込み、道理がラクに通って、誰だろうと思いのまま。  だが。人生、そう上手くはいかないものだ。  こんな自分にもどうにもならないことがひとつある。  それは、同僚である、深山 正春(みやま まさはる)という存在だった。    大知は深山の事をとても信頼していたし、頼れる同僚で良い友達だとずっと思っていた。  更に彼は仕事が出来るし、頭脳もすこぶる優秀だし、課せられたものはすべからく完璧にやり遂げる様は他の同僚にも一目置かれている。  しかしそれは彼という人間を形付けるには氷山の一角でしかなく。  要するに、猫を被っているのだと気付いた時には全てが遅かった。  何だかおかしいな、と大知が呑気に思っている間に、深山のスキンシップはどんどんエスカレートしていった。  腕を肩にまわされるくらいなら、まぁ普通だろう。  そのうち、彼の手は背に回り、腰に回り、最後には尻に当たり前のように手を回された。  いくらなんでもこれはおかしい。  大知はあまり刺激しないよう、それとなく聞いてみることにした。 「あーーー深山? 一度聞こうと思ってたんだが、どうしてお前は俺の尻を触るんだ??」  返ってきた答えはこうだった。 「うん、だって丁度良いところにあるからね」  尻が丁度良いところにあった!?  それが理由か?  意味が分からない。    もしかしたら何か他の意図が隠れているのかもしれない、と大知は必死に思案した。  だが、真意が見つかる前に、深山が先に質問をしてきた。 「君は、他の人に触らせたりしないよね?」 「どこにそんなものをわざわざ触らせるヤツがいるんだ!?」  自分から尻を触らせて喜ぶ性癖でも持ち合わせていると思っているのだろうか。そんなワケないだろうが。  とにかく色々と質疑応答がおかしいのだが大知は混乱していたため気付かず、それよりもまず どうでもいいからもう触るな と、厳重注意しようとした。  しかし、その前に深山が穏やかな笑みを浮かべ、大知を見た。 「そうか。良かった。僕も君のじゃなきゃ触りたくないからね」 「???・・・う、ん?」 「君も他の人に触らせて欲しくないな」 「だから! そんなもの触らせるヤツなんていない!」  俺は変態じゃないっ、と思わず大きな声が出たが深山は大知の言葉に笑みを深くした。 「それは良かった」  深山はそう言ったが、何を納得したのか、どこら辺が良かったのか甚だ疑問だ。  良い事など、何も起きていないのだから。  そう、良い事など何も起きていない。  寧ろトンでもない事が、ついに起きてしまったのだ。    大知は青ざめ、ベッドの上で、なかばパニック状態だった。  ああ、なんてことだ。  記憶が無い。綺麗に無い。サッパリと。  目の前には同僚であり、友達の深山 正春がいる。  全く見も知らない人間じゃなかっただけ良かった、などと思えるものか。  だってそうだろう。どう考えてもおかしい。  どうしてただの友達でしかない彼と自分は、同じベッドにいるのだろうか。 「おはよう、幸村くん」  深山は、もう一度穏やかに微笑みながら挨拶をした。  朝の爽やかな挨拶に、大知はただただ顔を引き攣らせた。  そして、ようやく凝り固まっていた口を開いた。 「・・・お・・・おは、よう、深山。ところで。どうして俺はここにいるんだ?」  大知の当然の問いに、深山は穏やかな笑みを浮かべて答えた。 「覚えてないんだね」  覚えていたら、聞きはしない。  しかし、聞くしかなかった。  更にこれから問うことは、知りたい事柄でもあるが、知りたくない事柄でもある。  それでも大知は意を決して尋ねた。   「もう一つ質問をしてもいいか?」 「どうぞ」 「どうして俺とお前は服を着ていないんだ?」 「覚えてないんだね」    深山は再び微笑んだ。  その笑顔が恐ろしくて大知は泣きたくなった。  恐ろしいことはあともう一つある。 「・・・・・・(どうして尻が痛いのだろうか?? 聞きたいけど恐ろしくて聞けないいぃ)」 「他に質問は?」 「・・・う、ううう、」 「思い出せないようなら、始めから説明しようか?」 「・・・・・・」  きっと思い出しても、更に絶望するような内容に違いない。  上掛けを握り締め、涙目でぷるぷるしている大知に深山は手を伸ばすと、宥めるように髪を撫でた。 「悪かったね。まさか君が覚えてないとは思わなかった。こんなことならハメ撮りでもしておけば良かったかな」 「ハ・・・」 「それなら、見ればすぐに思い出せただろう?」  なんて恐ろしいことをサラリと言うのだろうか。  もしかしたら彼なりのジョークなのかもしれないが、まったく冗談に聞こえない。  こちらも悪い冗談だろうと、一笑に付す事が出来たならどんなに良かっただろうか。  しかしそんな余裕は無い。ゼロだ。いや、既にマイナスだ。  視界の隅に映る床には、なんとも悲壮感を漂わせながら己の衣服が散らばっている。  身体の違和感だって、如実にナニかありました、と物語っている。  まさかこんなにもあっさり一線を越えようとは。  尻を撫でられているだけで済んでいた数日前が遠いことのように思えてくる。  いまだ髪を撫でている深山の手を振り払う気力もなく、起き上がりかけていた大知の頭は再び枕に逆戻りした。  だが、こんなところで呑気に寝ている場合ではない。  覚えてないのだから無かったことにしてしまえばいい。  そんなことを思っても現実逃避でしかなく、なんの問題の解決にもなっていないのだが、大知は無理矢理そう結論づけた。  そうと決まればこんなところに長居は無用である。さっさと帰ろう。そうしよう。  大知は腕に力を入れ、今度こそガバッと起き上がった、つもりだった。 「~~~~~~っ!?」  あらぬ痛みに、大知は敢えなくもう一度ベッドに戻る羽目になった。  すると深山が今度は腰を撫でてきた。 「大丈夫かい? あれでもかなり時間を掛けて慣らしたんだけどな」  そんな詳細事項、聞きたくない。 「なにぶん僕も同性とするのは初めてだったから上手く加減が出来なかったんだ。申し訳ないことをしたね」  そんな情報だって聞きたくないし、彼はもっと他の事を謝るべきだろう。 「薬でも塗ってあげようか?」  どうせなら今の現状全てを塗りつぶしてくれないか。  でもここで黙っていると、本当に塗り薬をあらぬ患部に塗られかねないので、大知は必死で首を横に振った。  その度に二日酔いの頭痛にも苛まれ、大知は再び涙目になった。  もう最悪だ。頭も痛いが尻も痛い。  なんだって己がこんな目に遭わなければならないのだろう。  文句なしのエリートサラリーマン人生が台無しだ。  誰か夢だと言ってくれ。  そして夢なら醒めてくれ。  でも、その瞬間はいつまで経っても大知には訪れなかった。  
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