マッスル機構:マッスル場とマッスル粒子

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 素粒子物理学の権威であるキン・ニッケル博士は、学会でとある街を訪れた。  学会が終了した翌日、帰りの飛行機まで時間があった博士は、ちょうど街ではお祭りが開催されていたこともあり、観光をしようと思い立つ。  そして、とある現象を目撃することになる。  それは、お祭りのメインイベントである喧嘩相撲中に起きた。この喧嘩相撲では、筋骨隆々の若い男たちが上半身裸で殴り合いをする。観客は試合に熱狂し、また不甲斐ない闘いをすれば野次を飛ばす。  博士は、この観戦という視覚的に得られる情報により、人々がなぜエネルギッシュになるのか不思議に思い、戦いを注視する。すると、殴り合って筋肉と筋肉がぶつかった際、その衝突によって、かすかながら閃光が生じていることを、博士は見逃さなかった。  博士は帰りの飛行機の中で、仮説を立てる。  あの閃光は、筋肉と筋肉のぶつかり合いによって、電子のエネルギーが失われたことによる光子の発光ではないのか。すなわち、視神経から光子を得た観客は、光子が電気信号となってシナプスに伝わり、脳内物質(とりわけアドレナリン)の放出につながっている可能性がある。  そう考えると、筋肉からエネルギーを抽出できる可能性、または筋肉によって他の物質にエネルギーを与えることができるのではないか。  帰国後、博士はすぐにこの新たなクリーンエネルギーの可能性について、研究計画書を作成し、国に助成金を申請した。すると、常に電力不足の問題を抱えていた政府は異例の早さで博士のこの研究を採択し、莫大な予算をつけた。  筋肉の中に秘められた物質を調べるには、より激しく筋肉と筋肉を衝突させる必要がある。身寄りのない筋肉自慢の男たちが国中から集められた。  男たちは、また一人、また一人と超大型マッスル衝突型加速器へと入れられていく。彼らは博士が開発した特殊な電場によって加速され、どんどんと光速の領域へ至る。  そして、衝突し、素粒子を散らした。  実験開始から五年。  博士はついに『マッスル場(ば)とマッスル粒子』の発見に成功する。  マッスル場がすべての物質に高エネルギーを与えることがわかったのだ。博士はこの仕組みを『マッスル機構』と名付けた。  この発見でノーベル物理学賞を受賞した博士は、今度は人工的な『マッスル粒子』の作成に取りかかる。  より強化された超大型マッスルハドロン衝突型加速器へ、男たちは次々と飲み込まれていく。  かくして、マッスル機構を使用したクリーンエネルギーは実用化されたが、世界中から筋骨隆々の男性はすっかり消えてしまったのだった。 <了>
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