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医師同士の挨拶が終わって、外科のミニカンファレンスが始まる。いつも不真面目な乾も、後輩と家の父の前では真面目にせざるを得ない。後腹膜へのアプローチ方法、出血時の対応、使う鉗子類……話し合いは麻酔をかけるときまで続いている。
患者が入室し、挨拶を済ませる。説明をし、静脈麻酔をかけ、挿管していく。その様子を、横目で父親が見ているのが分かった。まだ、私を捕まえているつもりなのか。
「挿管完了」
私の一声で、術者の松本医師が手を洗いに行く。父、助手、第二助手がそれに続く。あくまでも、術者は松本先生である、が、その実権力を持っている父親の術式に従う時が多いであろう。招待している意味が無いからだ。
あっという間にドレープがかかり、術野が作られていく。手洗いはベテラン看護師、平沢だった。安心だろう、乾も自分の彼女がついていれば……
「メス」
久しぶりの執刀医で、松本医師の緊張も高いのに、更に家の父親がいるというのは、外科医にとってはプレッシャーになるだろう。熟練した松本恣意の手技で術野は展開され、さらにはすぐに後腹膜へとアプローチした。
「後腹膜開けるよ」
乾が外回り看護師にそう告げる。後腹膜を開けた時間を記録するナース。麻酔科側からは術野が見えないが、きっともう腹部の深部へと外科医の手が落としているのだろう。
助手の乾が、特別な機材を出すように指示すると、平沢が外回り看護師に伝えている。
「乾君、これで、そうそう……」
父の要は、乾に器具の使い方を教えているようだった。どうやら細い鑷子で、膜を掴む繊細な手術に良いらしい。
「私は大学ではいつもこれを使っていましてね。経験の浅い今枝君なんかも、使いやすいと」
「そうですね、是非」
今枝、という若作りの医師は鈎持ちをしている。術野を広く見るための鈎、それを持ちじっとしている、というのは中々体力がいる。細いが、力自慢ではあるようだ。
乾がその鑷子を使いながら、徐々に拘腹膜が露わになっていく。それを皮切りに、執刀医の松本は言う。
「出た。腫瘍だ……」
「大分噛んでますね」
乾はその、腫瘍の様子を心配しているようだ。腫瘍が血管に噛んでいる、ということなのだろう。
「プローリン出して」
要の声で、看護師は慌ただしく動く。血管を結紮し、あらかじめ縛っておき出血を少なくするつもりだろうか。しかし、術野は依然として赤みが強い。出血しているのだ。
「天堂先生、出血800超えてます」
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