血の塊

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4 腫瘍切除は終り、閉創は他の医師に任せる。検体を捌くため俺は切除部位を持ち検体処理室へと急ぐ。 すると天堂の声が後ろから、した。 「乾先生、緊急手術が入りそうです」 「あ、イレウスでしょうか」 「そうです」 「なるほど」 「知っておられたんですか」 「いや、さっき医長から入るかも、とは言われていて」 「それならそうと、言ってくれれば良かったのに」 「でも確定がなかったので」 「……それはそうでしょう。でも早めに分かっていたらやれることもあるので」 「俺もそうできればしますが、今日は無理があったというか」 「そうしたら医長の松本先生に言っておいていただきたい」  天堂の切れ長の眼が自分を見つめている。検体を手に取り天堂と話している自分は異様な雰囲気だ。 「……了解しました、それでしたら一つ提案があります」 「何ですか」  怪訝な顔で天堂はこちらを見る。顔が崩れても、この男は美しい、とうかなんだろう……不思議に人を狂わす何か、がある。苛つく、美しさにはっとする、絶望する、焦る、卑下される、……。 全ての感情がこの男によってもたらせられているかのように錯覚する。 「その代わり、今日看護師と飲みにいきましょう」 「どういうことですか、私はー」  なんだか焦っているように見える。もしかして、あまり人と交流してないのか?話してみるとただの青年、という感じに見える。 「いいじゃないですか。僕から松本先生に言っておきますから。そうしたら今日、イレウスのあと付き合ってくださいよ。飯奢りますんで」 「……看護師と、ですか」 「女の子いた方がいいでしょう。華やぐし」  しばし沈黙があったため、そのまま検体を捌く。以外にも、こうした揺さぶりに乗ってくるなんて。駆け引きを持ちかけて正解だったか? 「分かりました、じゃあ今日だけ」 「そうですか、じゃあ是非。あ、イレウスの麻酔、どうぞお願いしますね」  軽く返事をする。予定通りいくとは思ってもみなかった。トントンと行くときは怖さもある。何か、裏があるのでは、と勘ぐってしまうけれど、それでも天堂が女好きかどうかを知るのはちょうどいい。  そのまま検体裁き、IC、イレウスの手術……順調に事が進んでいく。 「終わった。腹減った……」  呟くと、平沢と飛山がお疲れ様です、と声をかけてくる。 「……」  天堂は依然と仏頂面だった。 「さ、皆支度したら病院の外で待ってて。俺車出すから」 『はーい』  女の子二人を連れていくなんて役得だ。しかし、天堂は無反応なのが気になる。  患者が病棟に去って行き、更衣室にいくと、天堂が着替えていた。上半身がはだけているが意外にも筋肉質で、痩せている。細マッチョ、と言ってもいいのかもしれない。 「お疲れ様でーす」 「お疲れ様、です」 「ええーすごい筋肉ですね、鍛えてるんですか」  肩に手を伸ばすと、即座に振り払われる。 「あ、ごめんなさい」 「……セクハラですよ」 「ああ、そう……ですね、すみません」  仕方なく、隣で脱ぐ。すると、天堂は眼を背ける。 「まあ、見たくないのは仕方ないとしても、ここは更衣室ですから、ある程度は諦めて頂かないと」  冗談交じりに言う。天堂は、頑なにこちらを向かずに着替えている。何を、考えている……?潔癖症か? 「天堂先生」  嫌なら困らせてやろうと、後ろ向きの彼の腕をとり、こちらを向かせる。 「あっ……」  無理矢理振り向かせた天堂の顔は、マスクをとり、切れ長の眼から高く伸びた鼻、薄い唇。どれをとっても完璧な顔である。しかも、何故か顔が赤く感じるのは気のせいだろうか。 「やめて、ください」  再び振り払われる。すぐにマスクをする天堂。今、天堂は何を感じていた?顔をみられるのが恥ずかしかったのか?それとも自分の裸?それとも……俺の……裸? 「恥ずかしいんですか?男同士なのに」 「恥ずかしくないです、別に」 「天堂先生クールに見えて、意外と」 「やめてください、勝手に俺のこと憶測するの」 「でも、天堂先生も、俺のこと。決めつけて、憶測している節はありますよ」  すると顔を背ける。なんだろう……絶妙に、天堂の嫌なところを攻められている、という自覚はある。いいぞ。もっとやれ。まあでも、逃げられると困るからこの程度か。 「じゃあ、行きましょう。着替えましたね」  天堂は無言だった。頷くのは確認できた。意外と幼い、のか。 「天堂先生って何歳ですか」 「セクハラが過ぎますよ」 「まあ女性相手じゃないし」 「そういうのは現代のジェンダー論に引っかかりますよ」  ブツブツ言いながら、二人で靴を履く。麻酔科医は成長が早い。自分より、五歳は年下な気がする。
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