血の塊

6/10
前へ
/49ページ
次へ
「ええー。クラシック」  平沢が、肩をすくめる。すると飛山はすかさず言う。 「カッコいい!素敵ですねえ先生」  若い女にここまで言われても全く態度は変わらない。自分の車に乗っているのが奇跡のように感じてきた。無感情、という言葉が天堂にはお似合いだ。よほど、先日のアナフィラキシーの方が生き生きしていたような……。 「あ、もう着くよ」  バーの隣のパーキングに停める。隣のビルの二階まで、疲れた様子もなく手術室メンバーは階段を昇る。朝から勤めてほぼ立ち仕事でこの元気。皆、普通に体力お化けだ。  カウンターにビールのサーバーが並ぶバーは、少しイギリステイストなのかおしゃれだ。  ここが気に入って、よく来るのだが飛山と天堂は初めてなのだろうか。 「わあー素敵。ね、天堂先生」 「ああ」  素っ気ない態度は、看護師でも医師でも変わらないのか。まあ、それがこの男の良いところなのかもしれないが。誰にも変わることがないのは、ある意味職場では貴重と言える。権力に逆らえない自分なんかは、特に、、だ。  皆でカウンターに並んで座って、それぞれビールと食事を頼む。俺はノンアルビールを頼み、タコライスを頼む。とにかく腹が減ってどうしようもなかった。 「私フィッシュアンドチップスかなあ」 「サラダ食べたいです」  女性陣が頼んでいく中、天堂はお茶と野菜スティックを頼んでいる。 「天堂先生揚げ物とか、食べないんです?」  飛山が近くで胸を押しつける。途端に背筋がヒヤッとする。何故か、は分からないのだが…… 「夜はほとんど食べない。太るから」 「ええー」  顔が青ざめていく飛山は、それでも果敢に天堂にアタックしている……ように見える。  天堂の表情は眉間に皺が寄ったままで、変化はなかった。  どうすんの、と平沢が小声で話しかけてくる。俺は、飛山を仕掛けるつもりでいた。当然だろう、これで化けの皮が剥がれるかもしれないんだから。 『このままだと、飛山ちゃんベッドまで行っちゃうよ』  ぎく、と心が変化する。冷や汗が出てくるのが分かる。いいだろう、もう二人とも大人なんだから。 「二人の雰囲気に任せよう」 「じゃあ、適当に抜けますかね」  平沢はそう言うが、俺は観察する気満々であった。
/49ページ

最初のコメントを投稿しよう!

26人が本棚に入れています
本棚に追加