深紅の傷み

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天堂翼。 彼を思うとき、潤一郎を思い出すのは何故だろう。  仕草や態度は別人なのに、あんなに天真爛漫な潤一郎とは全く違う。それなのに。  俺は何故か、潤一郎を思い出している。  俺は昨日の、自分の不甲斐なさを思いながら出勤する。医局でコーヒーを飲んでいると、医局秘書が話しかけてきた。 「あ、乾先生、外科医長の松本先生が探していましたよ」 「え、俺をですか」  参った。何かトラブルだろうか。  急いでPHSにかけてみる。 「あ、おはようございます。松本先生」 「あーおはよう。あのね、乾先生。実はね。麻酔科の天堂先生、乾先生の麻酔から手を引きたいって」 「え?」 「何があったか知らないけど、あんんまり反抗するのはいけないよ乾先生。天堂先生も大人げないとは思うけどさ」 「俺は、別に何も」 「彼はちょっと、特殊だからさ。なんというか、言っても分からないというか。とにかく、今は乾先生だけって言っているけど、そのうち外科までかけません、ってなったらさ」 「でも、俺のマンマの患者は天堂先生に任せていて、ICまでしてもらっています。それなのに今更変わるってなったらなんと患者に説明したらいいのか」 「それはなあ……まあ、個人的に交渉してくれよ、私も辟易だよ、あの天才麻酔科とやら」 「……」  天堂に、俺が不快なアプローチをしたのかも知れないが、それは誤解もある。俺は、天堂のことを最初から敵だとは思っていない。それどころか、俺は。性の対象にまでしていたのに。潤一郎のことを思い出すと言うことは、そうなのだ。俺は天堂を……  いや、でも、最後まで仕事を全うしないというのは、麻酔科の風上にもおけない。そう罵ってやれば食いつくだろうか。それとも、何か傷ついてもう俺と話したくないというのか。 「そうそう、そういえば」  外科医長の話は続く。 「今度の後腹膜腫瘍の手術。血管に詳しい外科の先生をお呼びして、手術しようと思ってねかなり術野が深くなりそうで」 「はあ」 「それが、麻酔科の天堂先生の親父さんみたいで。これはみものだね」 「えっ」  耳を疑った
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