深紅の傷み

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「それに関しては、僕が主治医になるから、天堂先生は麻酔をかけざるを得ないと思うよ。ましてや、自分の父親が入る手術の麻酔をかけないわけにはいかないだろうしね」  天堂が父親と仕事をする。どうなのだろう。どんな人なのだろう。あの、完璧な麻酔科医の父親、というのは流石に興味が湧く。  とにかく、まずは自分の麻酔をかけないと言っている天堂に話をしなければ。  俺は麻酔科室に向かう。 「あ、乾先生」  麻酔科医長の東医師がデスクに座っている。 「おはようございます、あの……麻酔のことですが」 「ごめんね。なんか、天堂先生具合を悪くしたようで、君の担当患者は麻酔を控えたいって」 「はい、あの……なんか、すみません」 「いや、しょうがないよね、本人がそういうのに無理やりにかけさせられないし」 「俺、なにか嫌なことしたかと思って」  きっと遠くで聞いているであろう天堂に向けて言う。俺は、悪いことは何一つしていない。 「そのうち落ち着くと思うから。因みに、助手のときはかけるみたいだよ。まあ、そうだよねそんなこと言ってたら外科の麻酔かけられなくなるよね」 「はあ……」 「ほとぼりが冷めるまでほうって置いてよ。ああ、あと外科の天堂先生が来る件は松本先生から聞いた?」 「はい」 「今度の金曜日。仕事終わってからの招待手術だから、夕方からやるみたい。もう、それで家の手術室看護部がおお騒ぎよ。まあ、大学と違うからね、人員少ないし」 「なるほど」 「看護師さん達にもなんか、差し入れとかあった方がいいかもね。心証良くなるよ。乾先生得意でしょう」 「ああ、まあそうですね」 「よろしく頼むよ」  麻酔科医長しか話をしてくれない、ときたか……これは困った。いいわけができないじゃ無いか。俺は、天堂先生にたくさん言いたいことがあるのに。 言いたいことがたくさん……なんだろう。分からない。自分でも……でも、天堂先生に誤解されたままは、何故か辛い。俺はオン小豆も公言しているし、男が大丈夫で有ることも伝えた。あと、何を言うのか?麻酔のこと?それとも患者の事?それとも、俺自身を知って欲しい……? しかし、話してくれないなら仕方が無い。それなら、金曜日、天堂外科医が来るときの麻酔の時だ。そこが狙い目な気がする。 天堂が自分に向き合ってくれたら、手術も円滑にすすむし、俺自身も嬉しい。天堂が麻酔を担当してくれるときの、安心感はやはり違うのだ。繊細な活圧コントロール、挿管手技、麻酔計画までが行き届いていて、大学でもこのクオリティの麻酔を期待できない。やはり悔しいが天堂翼の麻酔は天下一品と言うことになるだろう。 日々の手術を片付けて、俺は金曜日、決戦の日を待った。
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