麻酔科医、天堂

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麻酔科医、天堂

1  毎日の日課になっている、コンビニのコーヒーを買い、医局でそれを飲む。  先日の西大教授、響医師とのことで、昨日院長に呼び出しをされた。そのときに言われた ことが、自分の中で強く反射するかのようだった。 『天堂先生もねえ、ご家族はお医者の一族でしょう?ここで下手をして、ご家族に迷惑がかかるのはお勧めしないねえ……』  家族、のことは忘れていたのに、離れれば更に縛られる。それならいっそのこと、運命を同じにすればよかったのか?  自分は家を出て、あの人達とは別々に生きていく。そう決めたじゃないか。  その思いを胸に、今までやってきた……全ては俺の、この麻酔のために。麻酔学に全てを捧げると決めたのは大学の時だったか。でもそれより前にもっと、患者の為に、と思ってきたのは、それは家族のせいでもあるのかもしれない。 『私は信念をもって麻酔に当たっています。どちらかというと、あの件で品性を問いただされるのは響先生のはず。院長先生、私にそう仰るのであればもちろん、響先生にも同様の事を仰っているのですよね』 『君とあちらではキャリアが違う』 『それでは院長先生はキャリアで医療内容を評価されると。非常に残念です。私はこれで失礼します』  いつの時代も、何かを必死でやろうとすると見えない力が邪魔をする。一人でもできるはず、と思っているのに何かが上手くいかなくする。麻酔をかけて、安全に麻酔を提供したい。手術患者が快適に過ごせたら、それが一番なのに。どの病院も、権力にひれ伏している。  この病院に来て三ヶ月が経つが、徐々に周りの医師も尻尾を出してきた。麻酔科医長の東医師は、同じ麻酔学を志すものとして結託しているようにも見えるが、事なかれ主義なだけかもしれない。安心するな、と誰かが言っているように感じる。小さいときからこの声は聞こえてきた。それに耳を傾け、自分を守るように殻に閉じこもりながら毎日麻酔をかけるのだ。 「おはようございます」  医局クラークの声がする。振り向くと、外科の乾鏡二が入ってきていた。 「おっはよん、朝から可愛いねえ」  軽薄な言葉に吐き気がする。この外科医、腕は悪くなさそうだがいかんせん、素行が悪い。四月に入ってまだ間もない自分が、この男が看護師やクラークにまで手を出していると分かるほど女好きなのは社会人として何かが欠落しているとしか思えない。一体この病院内に手を出した女は何人、いや、何十人いるのか……。節操なし、とでも言うのか? 「あ」  眼があってしまって、バツが悪い。だが、ここは挨拶をしておかないと…… 「おはようございます、乾先生」 「おはようございます」  普通に挨拶をされて、少し苛つく。どうしてかは分からないが、この人物を見ると心がざわつく。自分と全く違う世界で生きているからかもしれないが、不快な感情は抑えられない。 「そんな、俺と話したからって眉間に皺寄せなくても」 「え」  指摘されて気づくが、不快な気持ちが外にでてしまったらしい。自分としたことが、不甲斐ない。 「先生、今日はよろしくお願いします」  不意に、お願いされてしまい仕方なくはい、と答える。  そのまま、病棟へむかうエレベーターへと消えてしまった。 「……」  今日は、確か鼠径ヘルニアと、胃切とあと何件あったかな……彼の執刀は最後のマンマ*4、か。乳腺の手術は患者がナーバスになりがちであるから厄介だ。乾の腕を見るいい機会かもしれない。まあ、自分が麻酔をするかは分からないが。  
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