過去の報い

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過去の報い

1  乾の麻酔をかけないと宣言して、もう五日以上経つ。  その間、外科の麻酔では助手の時以外は会わないため、精神的に安定してきた。もう、昔の事を思い出すのは不快だった。  しかし、今日の夕方からの手術。養父である天堂要が来るのだ。外科の権威である要は、ことある毎に他の手術に呼ばれている。難易度の高い手術では、高度な技術が要求される。それをクリアできるのは、実績と、キャリアと、皆を納得させられるだけの技術が必要だった。  麻酔科医長の東医師から声をかけられたときは、正直断ろうかと思ったくらいだった。当然、私は卒業以来、父とは会っていない。抱かれていた父親の入る手術に麻酔をかける。こんな屈辱があって良いのだろうか。 しかも、家の父親と、外科医の乾が鉢合わせるだなんて、言語道断である。 なんとか理由を付けて断ろうとはしたが、麻酔科医長直々ともなれば、私には拒否権はない。 「天堂君の血圧管理はすごいからさ。後腹膜で多量に出血もするだろうし、長時間の手術だろうし。君にお願いするよ、ルーキーなんだからさ」  何も言えずに、そのままはい、と返事をしてしまった。六十歳という年齢でも気宇腹膜腫瘍の手術。条件は悪くない。全身状態も。術中になにが起こるかは分からないが、とにかく安全に麻酔をかけるだけだ。私情を持ち込むな。  手術室で麻酔役の準備をする。事前に乾が申し込んでくれたであろう輸血の準備もできている。リスクの大きい手術は、事前にリスクに見合った準備をしていくのが麻酔の醍醐味だろう。用意が遅れれば患者の状態も悪くなる。予想、シュミレートが、どの医療でも大事だ。 「天堂先生」  乾の声がする。振り向くと、乾鏡二がいた。 「よろしくお願いします」 「善処します」 「あの、俺の麻酔、そろそろかけてもらえますか」 「いえ、私は、しばらく……あなたの麻酔は」 「かけてもらえない?」 「はい」 「俺、あなたの気に障ること言いましたか」 「やめてください、職場ですよ」  自分のアイデンティティの事を職場で話されるのは不快でしかない。 「じゃあ、手術終わったら俺と話してください」
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