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「来たぞ、本体だ」
執刀医の松本が叫ぶ。ある程度の腫瘍の露出ができてきたようだ。それもそのはず、出血量は著しく今二千を超えようとしていた。再び血算をする。血色素量は低い。やはり輸血を早めにしておいて良かったのかもしれない。
父の横顔を盗み見ると、汗をかきながら術野を睨んでいる。そうだ、こうしていつも働いては私と母を養っていたのか。そう思うと、少し気持ちは和らぐ。でも、許さなければいけない気もするのだ。親は、子に逆らえず子は、親の生き方を学んでいくものなのかもっしれない。
さらに針で縫いながら、鉗子をかけていく、しかし松本医師の手が止まった。
「奥過ぎて手が届かない」
「私が手をお貸しししましょう」
父の手は長く、日本人にしては非常に背が高い。恰幅もいいが、それでも外科医であるのは手の長さの有利さもあるかもしれない。ワールドサイズでなら、負けていなかった。
自己主張が強く、何でもできる父親。敵は多かったかもしれない。当時、私にもそのような話をしていた記憶がある。
「取れた。よし」
要のゴッドハンドが腫瘍に届く。これは、すごい。外科医の手のリーチ……今までの症例で、このようなことは無かったように思う。
「ありがとうございます。すごい」
素直に、乾の口から出た言葉に皆頷く。とりあえずは術野確認と、腫瘍の内部を開く作業がある。
「閉創しておいてくれる?家族にICするわ」
執刀医は手を降ろす。そのまま、ガウンを脱ぎ捨て去って行く。乾が変って、ガーゼカウントの声かけをする。
「もう、ガーゼはまとまってないのでしょうか」
外回り看護師が言う。
「いえ、かなりです、もう50枚はすぎてて」
ガーゼカウント合いました。という声が届く。
「まあ、良かったね。無事だ。出血は」
「そうですね、報告では2460……」
2リットル近くの出血があったようだ。全身の血液を入れ替えそうな雰囲気だった。乾は閉創に夢中である。
「侵襲少なくできたんじゃ無いかな」
そう反省点を述べる父が、それらしくて笑ってしまいそうになる。いつも余裕で、自分ができる、と確信したことしか、しないのだ。
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