セリカとハルカ

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 というのも、先月、菖太朗の浮気が発覚したのだ。  問い詰めると、菖太朗はすぐに浮気を認め、セリカに謝罪してくれた。  たかが浮気の一度くらいと許そうかとも思ったが、しかしその浮気相手がまずかった。  菖太朗が浮気したその相手は、セリカの親友のハルカだったのだ。しかもハルカは菖太朗の子を妊娠していた。さすがに看過(かんか)できない。  結果、ふたりは婚約を解消し、別れることになったのである。  セリカは明日、ここを出ていく。  ふたりで借りていたこの部屋には、菖太朗が残ることになった。近々、ハルカが転居してくることになっていると菖太朗は言っていた。  異論はない。  もともとこの家には、先に菖太朗が住んでいた。菖太朗と付き合うようになって、セリカが引っ越してきたのだ。  それまでセリカは、ずっとハルカとシェアハウスをしていた。 「なんか悪いな。俺のせいなのに」 「べつにいいよ」  セリカは薄く笑う。その通りお前のせいだと内心思ったが、今さら喚いたところで時は戻らない。  どうせ現実が変わらないのなら、せめて最後くらいは笑って終わらせたいと言ったのは、セリカのほうだった。  今日はふたりで過ごす最後の夜、最後の晩餐(ばんさん)だ。  なんだかんだあったが、菖太朗とは楽しい時間を過ごせた。  セリカは今日、これまでの感謝の気持ちを込めて、精一杯の手料理を菖太朗へ振る舞うと決めていた。 「すごく美味しそうだな。セリカ、料理上手くなったんじゃないか?」  セリカは首を振る。 「そんなことないよ。見た目だけだから味は期待しないで。お肉って、やっぱり難しいよね。臭みとかちゃんと取れてるかな」  ネットでいろいろ調べて、臭みを取るためにハーブとか使ってみたんだけど、とセリカは言う。  菖太朗はさっそくメインのステーキをほおばりながら、 「大丈夫、すごく美味しいよ」  と笑った。 「そう?」  よかった、と、セリカは顔を上げ、微笑みながら菖太朗を見つめる。  菖太朗はいつも無邪気な顔をして食事をする。それを眺めているのが、セリカは結構好きだった。 「菖太朗、今までありがとね」  あらためて礼を告げると、菖太朗は咀嚼(そしゃく)をやめて顔を上げた。 「……俺のほうこそ、ありがとう。こんな俺を好きになってくれて、付き合ってくれて」  セリカは静かに笑って首を振る。 「セリカ、君はいつだっていい子だった。一緒に住んでも、付き合いたての頃となにも変わらずに。本当は、浮気なんてするつもりなかったんだ。でも……」  菖太朗はほんの少し表情を曇らせた。  言わずとも、彼の言いたいことがセリカにはなんとなく分かった。  菖太朗にとっては、セリカのそんなところが物足りなかったのだろう。とても勝手な話だけれど。 「嫉妬してほしかったんでしょ?」 「…………」  菖太朗はなにも言わず、目を伏せた。 「私、菖太朗がハルカと浮気してるって知ったとき、悲しかったよ。でも、嫉妬はしなかった。そういうところだよね。私のダメなところって」  セリカの本音に、菖太朗は薄く笑う。 「セリカは、俺のことはあまり愛していなかったんだよ、きっと」  そんなことはない、とセリカは思う。だが、口にして言い返せない。  菖太朗のことは、それなりに愛していたつもりだ。  浮気されたときは悲しかったし、今だって、この家を出ることにも寂しさを感じている。  ただ、セリカの中で菖太朗はいちばんではなかった。それだけははっきり自覚していた。 「菖太朗こそ、最初から私よりもハルカを愛してたでしょ。でも、ハルカが私を紹介したから、仕方なく付き合い始めたって感じだったもんね」 「たしかに、ハルカを愛してた頃もあった。それでも、俺はちゃんとセリカを愛してたつもりだ。ただ……君があまり、俺を見てくれないものだから、つい」  つい、なんだ。  つい、恋の相談をかつて想っていたハルカにしたというのか。わざわざ。  そんなことをすればまた熱がぶり返すと思わなかったのだろうか。  セリカはため息をついた。  男の考えることは、さっぱり意味が分からない。 「そういえば、ふたりはいつから仲良かったんだ?」 「高校生のときだよ。同じクラスだったから仲良くなった」
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