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「まだ八分咲きと言ったところかな…」
私の口から思わず今の少し残念な心境が、漏れ出ててしまったが、そんな感情は、すぐに何処かは消えてしまった。そして三月下旬の逢魔が時の風は、まだ冷たく、肌寒かったが、私にとっては、そんな事もどうでも良い事なのである…。
数週間前の事だ。私は、我がT社販売促進部恒例のお花見実行委員として、採決を取っていた。
「では、飲酒禁止での我が社恒例のお花見会に賛成の方、挙手を…」
「………」
「では、恒例のお花見会、改新春親睦会に賛成の方、挙手を…」
「ハイッ!」
「はい!」
「YES!」
「Hi!………」
ほぼ満場一致であった。
「では賛成多数により、今年より我が販売促進部、恒例のお花見会は廃止し、今年からは新春親睦会として今後続けている事が決まりました。
いつもの居酒屋を予約しておくので、当日は遅れないようにして下さい。以上です。続きましてー…」
と、いう流れだった。今年から我がT社販売促進部から、徒歩三分のS川河川敷での飲酒が禁止になった。それに伴って、恒例のお花見会は名を改、新春親睦会として生まれ変わったのだ。
………。
そう。糞食らえだったのだ。去年までは。
花見と称した宴会。別に我が社に限った事では無かったが、周りも連中に桜を見る者は皆無。花見を口実に飲酒し、馬鹿騒ぎがしたいだけ。宴の後のゴミ問題。無惨にへし折られた桜の木…。
ふざけるな。それらの行為は、私のような心の底から桜を愛し、花見を楽しみにしている者にとっての冒涜、侮辱、屈辱以外の何でも無い。
そんな拷問の様な会は、私にとっては地獄とも思える程の苦痛の時間で、この時期になると毎年私は憂鬱で仕方なかったのだ。
そして、その恒例お花見会が無くなっても、大半の社員たちは、私が代わりに当てがった新春親睦会で酒が飲めるため、全く気にしていない。そう。所詮は皆、“お花見”と言う名目で、酒を飲み交わし、どんちゃん騒ぎがしたかっただけなのだ。
今年、ようやく行政が動いて、S川河川敷での飲酒を禁止してくれた事に、私は安堵しているのだ。
私は、ベンチに腰掛けた。薄暗い空とソメイヨシノの淡いピンクのコントラストが、なんとも美しい…。何時間、何日でも観続けられる光景である…。
私は、持参した三色団子をほうばる。やはり花見には団子だ。それもミタラシやアンコではなく、ほのかに甘い三色団子に限るのだ。あぁ…。至福である…。
「先輩ー!」
何やら聞き慣れた声がした。振り返ると、そこには意外な人物がいた。後輩社員のK田君だ。
「何だ、K田君じゃないか。こんな所でどうした?」
「何って…、花見…?ですよ」
「ほうっ⁈K田君が…?」
「な、何ですか…⁈僕が花見してたら、おかしいですか…⁈」
「うん。意外すぎる…」
「失礼な…。僕だって花見くらいしますよ…!」
「アハハハハハッ…!そうかい。スマン、スマン。ほら、そんな所に突っ立っていないで、こっちに座ったらどうだ?」
「で、では…、失礼します…」
K田君は、遠慮がちに私の隣に腰を下ろした。何やら緊張していて、顔を赤らめている様であったが、そんな事は今の私にとっては、どうでもいい事なのである。
別に花見なんて好きでもない。特に桜が好きなわけでもない…。でも、今宵オレは、花見をしているのだ。別に酒を飲んで、どんちゃん騒ぎがしたかった訳でもない。
そう。オレの目的は、彼女なのだ。お花見なんて、彼女と仕事以外の時間を一緒に過ごす為の口実でしかない…!ただ、彼女と同じベンチに座って、薄暗い中、ただただ桜を眺めている幸せな時間がここにあるだけなのだ。
………。
何だ…。花見も悪くないじゃないか…。終
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